http://ping.blogmura.com/xmlrpc/qv0o9d394fom

2018年12月10日月曜日

南米パラグアイの日本語は世界一!/転載記事

日本に帰国時に下記のような記事を発見

日系社会「世界一堪能」なパラグアイ 日本語教育の危機
2010年7月1日(木)08:00

(産経新聞)
 □教員・教材の不足…就職にもつながらず

 サッカーW杯決勝トーナメントでの対戦で日本でも知名度が急上昇したパラグアイ。この南米の小国に住む日系人が、世界各地の日系人の間でも際だって上手な日本語の使い手だという事実は、日本ではあまり知られていない。世代交代が進むとともに失われがちな日本語能力が、なぜここでは保存されているのか。理由を探るうち、パラグアイの日本語教育が直面する危機も浮かび上がってきた。対戦の余韻さめやらぬ現地から報告する。(同国中部ラ・コルメナ 松尾理也)

 ■遠く離れた土地

 「明日の試合で、パラグアイが勝つと思う人、手を挙げて」。居並ぶ小学生たちに日本語で問いかけると、全員の手がさっと挙がった。

 首都アスンシオンから車で約2時間。パラグアイ最古の日本人移住地ラ・コルメナの一角に、現地の子供たちを対象にした日本語学校がある。

 日本人が訪れることはまずないこの町で、日本語の質問を子供たちがすぐに理解する様子は、驚き以外の何物でもない。

 「言葉だけではなく、その背後にある文化への尊敬があって、非日系の子供たちも入学してくるんです」。そう説明する川端まり校長もラ・コルメナ生まれだ。その日本語に、外国なまりは感じられない。

 ■独特の日系社会

 パラグアイの日系人口は約7000人と、決して多くはない。さらにパラグアイと日本とのビジネス上のつながりや文化交流は決して密とはいえない。

 そんな中で日本語が保存されてきた理由は何か。現地の意見を総合すると、まずパラグアイの日系人は主に、ラ・コルメナをはじめ原生林を切り開いて作った移住地に居住していたため、一般社会との距離があったことが挙げられる。さらに、パラグアイ社会全体の開発がまだまだ遅れている中で、社会からの同化圧力がブラジルやアルゼンチンと比べ弱かったのではないか、との見方もある。

 その結果、南米各国の日系人社会の中でも、「パラグアイの日系人は飛び抜けて日本語がうまい」との評価が定着しているという。

 首都アスンシオンにも、日本人会に併設される形で日本語学校がある。日系人の栗田みすいさん(24)が出迎えてくれた。もちろん母語はスペイン語だが、その日本語は日本人とほとんど区別がつかない。

 アスンシオンにはまた、今年で設立から9年になる日本パラグアイ学院がある。授業はスペイン語と日本語をほぼ半々で行う。現在駐日大使を務めるナオユキ・トヨトシ氏らが私財を提供してできた学校だ。

 日本語教育の国際協力機構(JICA)シニアボランティアとして現地に赴任している村田淑子さん(66)は、「地球の裏側で美しい日本語が継承されているのを知り、本当にうれしくなった」と話す。

 ■世代交代の波

 だが課題は山積している。教員や教材の不足は慢性的。さらに、せっかく日本語を磨いても、パラグアイでは就職など現実の利益にはつながらない。

 ラ・コルメナ日本文化協会の金沢要二会長は「パラグアイの日本語はこれまで、言葉を心の支えとする日系人の思いと、日本政府からの援助で奇跡的に守られてきた」と話す。だが、世代交代が押し寄せる中で日系人がいつまでも同様の思いを持ち続けるとはかぎらない。

 「今やグローバリゼーションの時代。ひたすらに守ってきた日本語も、南米各地の日系社会同士で支え合っていくといった発想の転換が必要じゃないかと思っているんです」。日本語を守り続けたいと願う栗田さんは今、そんなふうに考えている。

(2010年に未公開になってた記事だがとりあえず公開する。その後のパラグアイの情報を探して見たい。)

ヨガの効果で血糖値が改善、A1cが正常値になった。

 ヨガを始めて一年が経過した。始めたきっかけは健康診断で血糖値が高いと診断されて運動不足の解消である。  3年前にダラットに来てから、気候が涼しくて空気が綺麗な所に引っ越したのだから運動するぞと、朝早く散歩を始めた。
 
  最初は朝、住んでるアパートから約1時間かけてちょっとした丘を一周するコースを歩いていた。その途中で、日本語で言う「おこわ」を買って中間地点で休憩しながら食べていた。もしくは途中でカフェに寄ってコーヒーを飲みながら食べるのである。

  それに、5年前に縁あってベトナム人と結婚したのだが、そのベトナム人妻は夫の私に「食べろ食べろ!」と言うのが口癖で、とにかくたくさん食べることが健康に良いと信じているのである。ついつい食べてしまって、気がついたら体重が増えていた。
  私が「食べ過ぎは健康に良くないから。」と抵抗すると、どうして食べないんだ?と、強迫的に迫ってくるのである。 文化の違いというか、昔日本でも貧しくてご飯が一杯食べれない時代があったのかもしれないが、ベトナム人もそうだったのかもしれないと思うのだが。 (「ご飯食べましたか。」はベトナム語でBạn đã ăn chưa。とか、Ăn cơm chưa。)Ăn cơm chưa。という言葉は挨拶がわりに昔はあったんだろうと想像をするが…。今ではね…。

  そして、2年前に、ホーチミン市のロータスクリニックで血液検査の結果で初期の糖尿病と診断されてしまった。 血糖値もだが、特にヘモグロビンA1Cの値が正常値をオーバーしていたのである。 その結果をベトナム人妻に伝えて理解させるのが大変だった。食事制限をしないといけない、食べ過ぎは良くない、特に糖質の食べ過ぎは要注意であるあること。(私は内心、ベトナム人と結婚することで糖尿病になった!?また結婚は失敗だったかと我が身を嘆いたものだ。)

  日頃、「たくさん食べることは良いことである。」を信じてる妻は「ベトナム人は太ってる方が健康だ!と言わんばかりである。 言葉の壁もあり、文化の壁もあり、それにとても頑固な性格な妻なので、食事の時は戦争状態である。 夫婦二人だけなのに一度に4人前分ぐらいの食事を作るのである。量の加減ができないのである。どうしてそんなに多く作るのか? と言うのだが、聞く耳持たぬ風である。私の結婚は失敗だった!かと、真剣に思ったこともあるぐらいだ。

  病院の検査の結果で、軽い薬だと言われて糖尿病の薬を飲み始めた。運動することが大切だと言われてネットで色々と調べるが、一日一万歩とかあるが日頃、運動嫌いで生きて来た我が人生、毎日の散歩でもなかなか続かない…。 散歩途中で食べてた「おこわ」が糖質の塊だと知り食べるのは止める。一年前から、白いご飯も原則、食べないことにした。糖質制限である。この時も、ベトナム人妻は不思議そうな表情で「健康に良くないのに。」と言わんばかりの態度だった。  

 そして、一年前からヨガ教室に通いだした。ヨガは日本にいるときにも時々したことがある。 ホーチミン市に住んでる時も、長続きはしないがヨガ教室に通ったことがあった。 今回は、背に腹は変えられないと言うか、必死である。背水の陣だ。ヨガの看板を見つけて飛び込んだ。
早朝6時から1時間のコースを始めたが、週に3日がなんとか継続できるようになって来た。 こちらのヨガは結構ハードである。筋トレに近いと言うか、1回やると2〜3日筋肉痛が起きる。日頃は使わない筋や筋肉を刺激するのだろう。 最初は片足立ちのポーズが全く私はできなかったが、最近はなんとかできるようになって来たのである。 週に2回か3回、早朝5時に起きてヨガ教室に行く。行く途中はまだ辺りは暗い。ヨガ教室へ着く頃にはちょうど朝日が昇ってくる。その朝日を眺めるのも気持ちが良い。
時々、たまには歩いていくこともあるが、バイクが行く。歩けば片道20分くらいだが、健康に良いと思うのだが…。(笑) でも、そのヨガ教室に一年間通った結果で糖尿病が改善したのである。他にも、食事の糖質制限やサプリメントなども併用してるが。 おかげで最近は日本語教室の階段を登るのが楽になって来たような気がする。

 そして、先月の血液検査の結果で、ヘモグロビンA1cが正常値の範囲内になった。
5年ぶりぐらいかな結婚前の数値になった。(笑)
  にほんブログ村 海外生活ブログ ベトナム情報へ
にほんブログ村  

2018年12月9日日曜日

日本へ留学する学生に言いたいこと

 今、来年四月に日本の日本語学校へ留学予定の生徒を教えてるのだが、一部の生徒は欠席が多くて何人かは殆ど会話の授業は欠席という強者もいる。そんな状態で本当に日本留学するつもりなのか理解に苦しむ。そういう生徒は、たまに授業に出て来ても、授業に集中しないでやる気が見えない。当然、日本語も上手になってない。そういう時に、会社から生徒の授業態度の評価を頼まれた。しかし、殆ど授業に出てこない生徒の評価はできない。不思議なことに、会話テストをやるときだけはそんな生徒もちゃんと出てくる。でも、授業に真面目に出て来てないから、日本語は下手だ。会話など殆ど出来ない。質問にも答えられない。助詞の使い方も間違いだらけ。これではいけないと、下記のような文を書いてベトナム語に翻訳して、週末に生徒の親との話し合いがあるので渡してもらうことにした。もちろん、生徒にも読んんで聞かせたが、どこまで理解できたかな。まだN5合格レベルだから。
 私は日本語教師だが、ただ技術的に日本語を教えるだけのロボットでもAIでもない。日本人の私が日本の文化と習慣を生徒に理解させなければ、学生は分からないのだという反省も込めているつもりだ。

ーーーーーーーーーーーーー
 初めまして、私は日本人の日本語教師です。
ベトナムで11年、日本語教師をしています。ベトナムとベトナム人が好きで、おかげで長くベトナムで日本語教師としてベトナムの若者たちに会うことができて嬉しく思っています。
 今回、思っていることを率直に述べたいと思います。留学生は、日本の日本語学校で日本語を学び、次に専門学校や大学で学生各自の目的に沿って専門の学習をします。
日本国政府は高い志と明確な目的を持ったベトナム人留学生を受け入れたいと思っています。日本国とベトナム国は友好な関係で、日本人もベトナム人に対して好感を持っています。
 ですから、日本にベトナム人留学生が来てくれることは大歓迎です。しかしながら、留学生の目的は勉強することです。留学生の皆さんが日本の先進的な教育環境で学び、将来ベトナム国の発展と家族の幸せのために貢献していただくことが大切だと考えています。
留学生の目的は勉強することです。志と目的のために一生懸命に勉強することなんです。私は日本へ留学する皆さんにこのことを改めて確認したいです。
 日本へ留学したら、もちろん上記のように頑張って勉強することが大切です。しかし、日本へ行くために今、勉強する学生の皆さんに私は言いたいです。今、一生懸命に勉強することが大切なことを分かってますか。率直に言って、やる気が勉強する気が伝わって来ない学生がいます。残念ですが。
 日本では、時間を守ることや約束を守ることが大切だと考えられています。それは日本の文化習慣です。学校では、欠席し
ないこと、遅刻しないことが大切なことです。そして授業中は集中して勉強することが大切です。
 特に学校で、「欠席しないこと、遅刻しないこと」はとても大切です。これは日本とベトナムの文化の大きな違いだと私は考えています。このことを守れない、できない留学生は日本ではダメなやる気のない学生だと判断されます。仮に試験成績が良くても高い評価は貰えません。そのことは、会社に就職する時にも影響します。日本では、「無遅刻、無欠勤」の学生は卒業時に表彰されたり、奨学金の対象に有利になります。欠席が多い学生は日本語は上手になっていません。特に会話は。日本語は世界でも一番難しい言語です。上達するには長い時間の学習が必要です。
 長々と書きましたが、私の言いたいことは、今、勉強している時も上記の日本の文化習慣を大切にして勉強して欲しいのです。今は日本へ行くための準備期間です。日本へ行った時に困らないようにしてください。欠席が多い学生や遅刻が多い学生は日本に来て欲しくないというのが日本政府の本音です。私も同じ意見です。(私が留学ビザの担当官だったら、許可しないでしょう。)
 改めて、日本へ何のために行くのか、目的を明確にしてください。将来どんな仕事をするのか明確にしましょう。 再度、親子で話し合ってください。
にほんブログ村 海外生活ブログにほんブログ村 海外生活ブログ にほんブログ村 海外生活ブログ

2018年12月8日土曜日

原発に頼らない安心できる社会へ 城南信用金庫(転載記事)

東京電力福島第一原子力発電所の事故は、我が国の未来に重大な 影響を与えています。今回の事故を通じて、原子力エネルギーは、 私達に明るい未来を与えてくれるものではなく、一歩間違えば取り 返しのつかない危険性を持っていること、さらに、残念ながらそれ を管理する政府機関も企業体も、万全の体制をとっていなかったこ とが明確になりつつあります。
こうした中で、私達は、原子力エネルギーに依存することはあま りにも危険性が大き過ぎるということを学びました。私達が地域金 融機関として、今できることはささやかではありますが、省電力、 省エネルギー、そして代替エネルギーの開発利用に少しでも貢献す ることではないかと考えます。
そのため、今後、私達は以下のような省電力と省エネルギーのた めの様々な取組みに努めるとともに、金融を通じて地域の皆様の省 電力、省エネルギーのための設備投資を積極的に支援、推進してま いります。
1 徹底した節電運動の実施 2 冷暖房の設定温度の見直し 3 省電力型設備の導入 4 断熱工事の施工 5 緑化工事の推進 6 ソーラーパネルの設置 7 LED照明への切り替え 8 燃料電池の導入 9 家庭用蓄電池の購入 10 自家発電装置の購入 11 その他
以上(2011年四月に投稿予定が未公開だった。)

原発輸出のリスク/ベトナムへの空手形

雑誌「世界」1月号に掲載の下記内容の記事がネットで見れます。
気になるベトナムへの日本からの輸出についてのリスクと問題点が詳しく載っています。大変に気になるところですが、今後注目していきたいですね。ベトナムで原発!大丈夫かな?色んな意味で…。

原発輸出のリスク/ベトナムへの空手形:雑誌「世界」(筆者:明石昇二郎)の記事

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/01/pdf/skm1101-2.pdf

(これは2011年に書いたものですが、非公開になってたので。この件は今は棚上げになってますね。)

見たという印です。↓ポチッとクリックをしていただくと励みになります。↓
にほんブログ村 海外生活ブログ ベトナム情報へ
にほんブログ村

ダクラックからダラットへ


 ダクラックからダラットは山越えである。地図上で見ると隣の県なので近いように思った。
朝8時にダクラックを出て、昼ごろには着くだろうと思っていたが、ところがどっこいそうではなかった。
当初はワゴン車に10人ぐらいお客を乗せてダクラックを出発した。客は当然ながら私以外は全員ベトナム人。
道は険しい山越えの道である。途中でトイレ休憩もあったが、昼になっても着く様子がないので「いつ着くのか?」と聞くと、1時半ごろだと言う。

この投稿は何故か2012年に書いてたが公開されてなかったのであらためて公開します。今でもダラットからダクラックへは山越えの道は険しいです。

ダラットに移り住んで3年、不義理ばかりで…

ようやくブログの再開が出来そうです。2015年までホーチミン市に住んでる時は時々に投稿していたのだが、いろんな理由で投稿を辞めていた。その後、ダラット市に引っ越したのでダラット市の状況報告も兼ねて投稿を再開しようとしたが、ついつい出来ずに至った。ホーチミン市に住んでいた頃には、お世話になった方々にはお礼もお別れも言わないままに不義理のままに引っ越してきた面もあり、改めてお詫びとお礼を申し上げたい。
 今住んでいるダラット市は、ベトナムの中南部に位置する山岳地域で標高1500mに位置する所で、昔フランスが植民地時代に避暑地として開発した所です。日本だと軽井沢のような所です。ダラット市の中心街は山岳地帯なので坂道ばかりですが、中心部の湖がある所は唯一、湖の周辺は平らな道で近くにゴルフ場もあります。また中心部にはダラット中央市場があり、週末は観光客で賑わっています。新鮮な野菜や果物も売られています。
 今回はまず、簡単にダラットの紹介で終わりますが、これからボチボチと投稿していきたい。(お読みいただいたら右の「ベトナム情報」をポチッとクリックしてもらうと嬉しいです。)