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2008年12月31日水曜日

お世話になりました。

 今日は12月31日、大晦日なんですね。
ホーチミン市にいると季節感が無くなって、日本での年末の雰囲気が感じられません。

それはともかく、今年お世話になりました。
このブログをご覧の皆様のご多幸とご健康を願って来年が良い年であることを祈っております。

私は、ホーチミン市に再訪越して半年が経過しましたが、おかげで健康で新年を迎える事ができそうです。
昨年に大病してから、まずは健康第一をモットーに生活しております。

今年、ホーチミン市に来てからは良き友人にも恵まれて、楽しく幸せな日々を過ごすことができました。感謝しております。

ベトナム語の学習は、記憶力の減退との闘いに四苦八苦しながらも、外国語の学習の困難さを再認識しながらベトナム人との交流の面白さを感じて来ているところです。

来年は平和な世界が来ることを願いたいのですが、中東の火薬庫に火が付いてしまったようです。
イスラエルのガザへの攻撃は、いかなる理由にせよ無差別に市民を子どもを殺すという虐殺でしかありません。
これ以上の被害と攻撃が広がらないことを願いながら新年を迎えるのは残念ですが、一方でガザの人々のことを思うと言葉もありません。

一度パレスチナの土を踏んだ人間としては、今のパレスチナの現状を座視することはできません。しかし私にできることは多くはありません。ただパレスチナ人が言ったように「パレスチナのことを忘れないでほしい。」この言葉を思いだしながら、自分にできることを探して居るところです。

来年こそは、世界が平和に一歩でも近づくように、そして健康で生きれるように願いたいものです。

それでは皆様、良いお年をお迎えください。


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2008年12月30日火曜日

美味しそう!

ダラットの夜の食事は海鮮料理です。
ベトナムに来て、こんなに美味しい家庭料理を食べたのは初めてです。もちろんレストランでは味わえない美味しさでした。

食べ盛りのお嬢様たちは、美味しそう!と目は鍋に点です。

ダラットには新鮮な野菜があります。水が美味しいから野菜も美味しい。
お腹が一杯になったら、ダラット市場前の夜の市場へ行きました。夜は夜店が並んでいて、花や衣料や小物品などの店が多く出店しています。
お嬢様たちは衣料品を買い込むのに必死です。二晩続けて買い出しに行きました。行きは薄着だったのに帰る時には頭から下まで買った物で着膨れになってました。(写真中央の帽子の何人かがそうです。)

ふと、少し肌寒い中、夜空を見上げると月でした。
ベトナムで月を見るのは初めてです。
ホーチミンでは見れませんから・・・。


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ガザより、攻撃はさらに/パレスチナ

 『転載』[パレスチナ] ブログ村キーワード
 イスラエルの攻撃目標がこうして列挙されると、社会が社会として成り立つためのソフトウェアの部分を狙い撃ちしていることが分かります。
イスラエルの総選挙をにらんでの、内政の延長線上にある戦争、という専門家の指摘はそのとおりなのかもしれませんが、その戦争にかこつけて、イスラエルが何をなぜ破壊しようとしているのか、まで深く考えるべきだと思います。

以下のレポートはその示唆を与えてくれるように思います。

同教授宅にイスラエルから脅迫電話がかかった旨、すでにお伝えしましたが、事実を外の世界に報道しようとするジャーナリストや記者たちも攻撃の標的になっています。

******転載・転送歓迎******

昨晩、ガザ市内だけで20ヶ所が空襲された。爆撃について私が知るかぎりのことをお伝えする。

1.自宅近所に3回目の攻撃。元公安局。うちミサイル1基が不発のまま、自宅アパートのあるビルの正面、救急ステーションから数メートルのところ、に落ちる。
2.ガザのイスラーム大学の主要校舎二つが粉々に。建物の一つは実験室棟、もう一つは講義棟。いずれも地上4階、地下1階建て。
3.ビーチ難民キャンプ、イスマーイール・ハニーエ氏の住まいの隣家が空と海から同時攻撃され崩壊。
4.モスク2つが空襲され粉々に。中にいた10人が死亡、うち5人はアンワル・バルーシャ氏の娘たち。自宅が危険なのでモスクに避難していたのだろう。これで、破壊されたモスクは計6つに。
5.内務省のパスポート局の建物も今朝、破壊された。
6.文化省のビルも今朝、こなごなに。
7.首相執務室のビルも空襲され完全に破壊。
8.民事行政の主要ビルも完全破壊。
9.地元メディアが報道していないため私が把握できていない複数ヶ所に何度かの攻撃が実行されている。夜間、ヘリコプターが複数回にわたり攻撃するのを目撃。
10.ジャバリーヤ青年スポーツセンター(UNRWAの施設)が、空から直撃された。

11.サライヤ政府センター近くの空き家が空襲され破壊。
12.ゼイトゥーン地区で移動中の車体が攻撃され破壊、男性2人、子ども1人が死亡。

13.下校途中の高校生の姉妹2人が、空爆を受け死亡。
14.いつかの警察署が再度、攻撃される。
15.イスラエルはジャーナリストおよび記者に対し自宅もしくはオフィスにとどまること、従わない場合は攻撃目標にすると公式に伝達。ガザで起きていることをメディアに報道させないためだ。
16.病院二つが標的に。ファタ病院はまだできたばかりで操業していなかったが、空から攻撃された。もう一つのほうは小さな個人経営の病院。テル・エル=ハワーのアル=ウィアム病院も標的にされた。
17.ベイト・ハヌーンの庁舎も昨晩、破壊された。
18.ラファの自治体のビルも昨晩、破壊された。
19.ラファの庁舎も昨晩、標的にされた。
20.ラファのハシャシュ地区が昨晩、二度にわたり攻撃された。いずれもミサイル2基によるもの。2回目の着弾で周囲15軒の家々が破壊される。
21.ゼイトゥーン地区のグランドにミサイル一基、着弾。
22.ラファ国境地帯にある40個のトンネルに対し空から攻撃、トンネルすべてを破壊。
23.ビーチ難民キャンプの警察署、完全に破壊。
24.旧エジプト・ガザ総督の邸宅も空と海からミサイル攻撃を受け完全に破壊。

続報
ガザの負傷者のための民間協会が破壊された。ガザとハーン・ユーヌスにあるアル=ファラフ慈善協会の二つの建物も破壊された。

続報2
数分前、ウンマ大学の新しい小さな校舎が1棟、攻撃を受け、破壊された。

----- Original Message -----
Sent: Monday, December 29, 2008 8:09 PM
Subject: More attacks on Gaza!



Last night Israeli aircrafts targeted more than 20 places in Gaza city, let
alone other areas. Let me tell you what I knew from those bombings:
1- A thirds attack on my neighbour the former preventive security
department. One missle did not explode and fall in front of my apartment
building just meters from the ambulance station.
2- Two major building were leveled to the floor at the Islamic Univresity of
Gaza. One building was main laboratories and the other was lecture rooms
buildings. Each building was 4 floors high and a basement.
3- A home next to the home of Ismael Haniey at the Beach refugee camp was
leveled to the ground by attack from air and sea simultaneously.
4- Two mosques were leveled to the ground by air raids. 10 people died
inside, among them were five daughers of Anwar Balousha as they migh have
took refuge is the mosque as their home was unsafe! So far, six mosques have
been demolished
5- A building for passport department at the ministry of interior was put
down this morning.
6- The buiding of the Ministry of Culture was leveled to the floors this
morning.
7- A building for the Prime Minster's office was totaly demolished in an air
raid.
8- The main building of Civil Adminstration has been totally demolished.
9- Several attack were executed on places that I did not know and the local
media could not cover. I saw helocapter launcing their attacks at night.
10- Jabalia youth sports center (UNRWA facility) was hit directly from the
air.
11- An empty house near Sarayya gvernment center was demloished by air raid.
12- A moving vehicle was targeted and destroyed killing two men and a child
in Zaitoun neighbourhood.
13- Two sister in the high school were returning home from school died
together by air bombing.
14- Several police stations were hit again.
15- Journalists and reporters were officially informed by Israel to stay in
their places and offices oherwise they will be targeted. This is to stop
media coverage of what is taking place in Gaza.
16- Two hospitals were targeted. Fata hospital is still new and did not
start working but hit from air, andother small private hospital, Al-Weaam in
Tel el-Hawwa was targeted as well!
17- Biet Hanoun municipality building was destroyed last night.
18- Rafah governorate building was demolished last night.
19- Rafah municipality building was targeted last night.
20- Hashash neighbourhood in Rafah was attacked twice last night. Each time
with two missles. The second hit demolished 15 adjacent homes. Many people
died in the attack.
21- A playground in zaitoun neighbourhood was his by a missle.
22- Israeli aricarft targeted 40 tunnels at the Rafah border destroyed all
of them.
23- Beach Camp police station was totally destoryed.
24- The palace of the former Egyptian governer of Gaza was totally destroyed
from air and sea. missles!

A civil society for the injured in Gaza has been destroyed. Two buildings
occupied by Al-Falah benevolent Society in Gaza and Khan Younis was also
destroyed!

Sent: Monday, December 29, 2008 8:56 PM
Subject: FW: More attacks on Gaza! Message 3!


Umma University, a new and very samll building was hit and destroyed just
minutes ago.


Prof. Abdelwahed
Department of English
Faculty of Arts & Humanities
Al-Azhar University of Gaza


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2008年12月29日月曜日

ダラットは盆地、街は坂道が多い

ダラットの町は標高1500m位で盆地になっていて山々に囲まれているのだが、町の中心部は小高い丘のようになっていて、その丘に向かって幾つも道があり、道沿いに店やホテルなどが建ち並んでいる。

写真は反対側の丘から中心街を撮ったものだが多くのホテルが建ち並んでいる。ダラットには大小多くのホテルが建っているのである。
上記のホテルは星は幾つか分からないがりっぱなホテルだ。
しかし、客は居るのかと心配するのは余計なお世話なのだろう。
上記の写真は向かって左側がダラット市場で、食料品から衣類など生活に必要な物は殆どここで売っている。
他にスーパーやデパートなどは無い。
この坂道は登ると街の中心部に着く。つまり丘の上だ。道中の風景はベトナムよりはヨーロッパの雰囲気が漂っている。

この写真はその丘の上から坂下を撮ったものである。
この道の両脇は色んな専門店が並ぶ通りである。

昼日中でも、バイクの交通量はホーチミン市と比べて極端に少ない。従って騒音も少ないし、元々高地だから湿度が少ないので空気が美味しく感じられる。

上記の写真が街の中心街の丘の上である。
手前に向かって緩やかな坂道になっている。日曜日はこの通りは歩行者天国になる。

この写真の左側は道に沿って斜面になっているのだが、その斜面を利用してカフェが何軒も建っている。

コーヒー一杯が12000ドン位とホーチミン市と比較して遥かに安いので驚いた。
ダラットは水道水がそのまま飲めるほど綺麗で美味しいことにも驚いた。
だから、コーヒーや食べ物が美味しいのである。



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イスラエルのガザ空爆(虐殺)に思う

 [イスラエル] ブログ村キーワード
 またイスラエルがパレスチナのガザを大空爆(虐殺)した。
パレスチナについては書きたいことは多いが今まで抑えてきたが、やはり我慢することは良く無いと思い書くことにした。

私は2002年6月某日イスラエルのテルアヴィブ空港に降り立ち入国しようとして拒否され数時間立ち往生した。日本人約40人の大集団の入国を結果的にイスラエルは入国拒否を取り消して入国できたが、あの時の事は今でも鮮烈に記憶している。

入国目的は非暴力平和行動でパレスチナへ行く事であった。もちろんその事はイスラエル側には秘密だ。パレスチナへ行くことが目的だと分かったら即入国拒否になる。

その時はインティファーダの最中でパレスチナとイスラエルは戦争状態であった。
その後、パレスチナへ訪問して
アラファタ議長に運良く会見できて握手できた。あの柔らかい手の温もりを忘れはしない・・・。

パレスチナの人々や政治家、イスラエルの政治家にも会見して意見交換した。

パレスチナの人々は心から平和を願っていることを知った。
しかしパレスチナとイスラエルだけでは平和は難しいことも知った。それには世界、特にアメリカの影響力が必要なことを知った。しかしブッシュのアメリカは本気で両者の和平を実現する行動は起こしていない。(これにはイスラエルの影響もあるが)

その後のアメリカの政策はご承知のように、イラクを攻撃することで世界をイスラムとの戦争に巻き込んで行く・・・。その後の展開はみなさんご存知の通りです。

詳細な報告は長くなるので割愛するが、私はパレスチナの現実を知り、世界の現実の一端を見た様な気がした。特にアメリカの政策のダブルスタンダードの矛盾を。

一方で、パレスチナの悲惨な現状を知り、一人の日本人として何ができるのかと考えた時に、自分の非力さを痛感するしかなかった。でも困難でも非暴力平和活動に徹するしかない、僅かなことでも自分のできることを行動して行くしかないと思いました。

今、この文を書きながら、パレスチナの難民キャンプで宿泊した夜に遠くに聞こえてくる砲撃の音や極度なまでの緊張感から一睡もできなかったことを思い出しています。

イスラエルがどんな理由を言おうが、爆撃によって多くの住人(非戦闘員)や子どもたちが犠牲になってるのです。
暴力と暴力では真の平和は来ません。

以下は、マスコミでは報道されないパレスチナ・ガザの事実の一端です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『空爆下のガザのアブデルワーヘド教授のメールを転送します。
同教授はガザ・アル=アズハル大学の英文学科の教授です。
電気が切れたガザで、発電機でかろうじて電力を維持しながら、世界に向けて発信しています。

イスラエルがハマースの攻撃に対する報復としてハマースの拠点を攻撃しているという日本の報道は偽りです。
これは、非戦闘員、民間人に対する大量虐殺です。

重慶・ゲルニカ・ドレスデン・東京大空襲、そして、ヒロシマ・ナガサキ、同じことが2008年12月の今、起きています。』

******   転送歓迎 ****************

25の建物がイスラエルに空から攻撃された。建物はすべて地上レベルに崩れ去った。死者はすでに250名に達する。負傷者は何百人にものぼるが貧弱な設備しかないガザの病院では、彼らは行き場もない。電気も来ないが、ディーゼル発電機でなんとかこれを書いている。世界にメッセージを送るために。携帯電話もすべて使用できない!

Sent: Saturday, December 27, 2008 8:03 PM
Subject: FW: Christmas News


25 building have been hit by Israeli aircrafts. All of it have been leveled
to the ground. An estimation of 250 dead so far! Hundreds of injured find no
place in the poorly equipped hospitals of Gaza city. No electricity but I am
working on a desiel generator, to send off this message. All mobile phones
are out of work too!


Prof. Abdelwahed
Department of English
Faculty of Arts & Humanities
Al-Azhar University of Gaza

転送歓迎***********

なんという光景だ。数分前、パレスチナ側のカッサーム・ロケットが飛んでいく音が聞こえた。続いて、もう一つ、そして爆発音。2発目は、パレスチナ人を標的にしていたイスラエルの機体から爆撃されたものと思われる。今、聴いたニュースによれば、イスラエルのアパッチ・ヘリが攻撃したのは、釣堀用の池のあるリクリエーション・グラウンドだという。シファー病院は、195人の遺体、570人の負傷者が同病院に運ばれていると声明を発表している。刻一刻と死傷者の数は増え続けている。これはガザ市だけの数字だ。ほかの町や村、難民キャンプからの公式の発表はない。自宅アパートの近くで末息子がスクール・バスを待っていたところ、以前、国境警備局があったところが攻撃された。息子が立っていたところから50メートルしか離れていないところで、男性二人と少女二人が即死した!
真っ暗な夜だ。小さな発電機を動かして、ネットを通じて世界と交信している。

----- Original Message -----
From: prof abdelwahed
Sent: Sunday, December 28, 2008 1:03 AM
Subject: Gaza at 6:00 p.m.


It is horrible outside! Minutes ago I heared a hissing of a Palestinian
Kassam, then another one accompanied with an explosion; it seems that the
second one received a bomb from an Israeli aircraft that could have targeted
the Palestinian group! In the news now, Israeli Apatchi targeted a
recreation ground with fish ponds! Shifa hospital stated that there is more
than 195 dead bodies and more than 570 injured there! Every minute the
number of casulties rise up. Those figures are in Gaza, and there are still
no official statements from other towns, villages and refugee camps! Near my
apartment my youngest son was waiting for his school bus when the former
preventive security department was hit. 5o meters from where he was standing
two men and two young girls died immediately!

Its ustterly dark night now. I am operating a small generator to contact the
world via internet.



Prof. Abdelwahed
Department of English
Faculty of Arts & Humanities
Al-Azhar University of Gaza




******転載・転送可******

想像を絶する大量の死と破壊

サファ・ジューデー
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2008年12月27日


まもなく正午になるという時、最初の爆発音が聞こえた。私は窓に突進し
た。まだ窓の前に達せず、外の様子も見極められないでいるうちに、第二
の爆発が起こり、猛烈な爆風に押し戻された。しばし、何が起こったのか
わからなかったが、次の瞬間には、イスラエルが予告していたガザ地区に
対する大規模攻撃が始まったのだと思い至った。一昨日、イスラエルの
ツィピ・リヴニ外相が、エジプトのホスニー・ムバーラク大統領との会談
後に述べたことは、口先だけの脅しではなかったということだ。

引き続いて起こったことは、今でも、超現実世界の出来事としか思えな
い。こんなことは私たちの誰も想像していなかった。すべてがあまりにも
短時間のうちに起こった。現場にいた私にとってさえ、この大量の死と破
壊は想像を絶している。私は今も事態のまっただなかにいる。最初の攻撃
から、すでに数時間が経過した。

ガザ市への空爆で6か所が攻撃された。アメリカのニュース番組ではたぶ
ん、この映像は流されていないだろう。爆撃を受けた場所には死体の山が
できていた。映像を見ていると、何人か、まだ生きている若者がいるのが
わかった。手を上げる者、頭をもたげる者。でも、彼らもまもなく死んだ
はずだ。全身が焼けただれ、大半が手足を失っていた。腸がはみ出して垂
れ下がっている者もいた。全員がおびただしい血の海に転がっていた。

ガザで最も大きい2つの大学のすぐ近くにある私の家の前で、ミサイル
が、学生たち、大勢の若者が集まっている中に撃ち込まれた。学生たち
は、標的になりやすいから集団にならないようにと注意されてはいたが、
その時は帰宅するためにバスを待っているところだった。7人が死んだ。4
人は学生で、3人は近所の子供。レイエス家の少年たちで、とても仲のい
い3人だった。

これを書いている今、外を通っていく葬列の音が聞こえる。窓から覗いて
みると、レイエス家の3人の少年の葬列だった。生きている時、この3人は
いつも一緒だった。3人は一緒に死に、そして今また一緒に同じ葬列の中
にいる。3人が殺されたあと、14歳になる私の弟は家から飛び出して、路
上に横たわる友達の死体を確かめにいった。弟を止められるものはなかっ
た。その後、弟はひとことも言葉を発していない。

イスラエルの首相、エフード・オルメルトは、私たちガザ市民は敵ではな
い、標的はハマースとイスラーム聖戦だと言った。いったいどういうつも
りなのか。私たちを怒らせてショック状態から抜け出させてやろうという
のか? 怒りや報復の感情をなだめようというのか? 私たちをからかお
うというのか? 学校から帰る途中の、今は死者・負傷者となった大勢の
子供たちが、ハマースの武装メンバーだというのか? 最初の空爆から30
分ほどたったころ、帰宅中の3人の女の子が、通りの少し手前にある警備
隊司令本部の前を通りかかった。その時、司令本部にミサイルが撃ち込ま
れた。少女たちの体はバラバラに引きちぎられ、通りの端から端まで飛び
散った。

空爆されたすべての場所で、大勢の人が死体の間を歩き、自分の家族を見
つけてはこのうえないショックに襲われている。通りにも死体が、腕が、
脚が散らばっている。靴をはいている足、はいていない足。ガザ市全域が
恐怖とパニックと混乱に包まれている。携帯電話はつながらない。病院と
死体安置所は満杯状態で、いまだ通りに横たわったままの遺体もあり、そ
の遺体を家族が取り巻いて、顔にキスしたり、とりすがったりしている。
破壊されたビルの外では、年配の男たちが地べたに膝をつき、泣いてい
る。息子が働いていたビルの惨状をひとめ見たとたん、息子が生きている
かもしれないという一縷の望みも消え失せてしまったからだ。

遺体の身元が判明したのちも、医師たちは、バラバラの体を正しくつなぎ
合わせて家族のもとに返すという、たいへんな時間を過ごしている。病院
の廊下はまるで屠畜場だ。いかなる想像も及ばない、どんなホラー映画も
しのぐ光景。床は一面、血の海で、負傷者は壁にもたせかけられたり、死
んだ人と隣合わせで床に寝かされたりしている。医師たちは死にもの狂い
で治療にあたり、怪我をした者でも、命に別状がなければ、そのまま家に
帰される。私の親族もひとり、居間の窓が割れて飛んできたガラスの破片
で怪我をした。顔の中央付近が深く切れてしまったのだが、もっと緊急の
治療を必要とする人は限りなくいて、彼女は家に帰された。歯科医のご主
人が自分のクリニックに連れていき、局所麻酔をして顔の傷を縫った。

今日の空爆で200人を超える人が死んだ。つまり、200以上の葬儀が行なわ
れるということだ。今日、葬儀が行なわれたのはわずかで、たぶん、大半
が明日になるだろう。昨日、この家族たちはみな、食べ物と暖房と電気の
心配で頭がいっぱいだった。でも、と私は思う。この人たちも(実際には
私たち全員が)、こんなことが起こるのを絶対に阻止できていたというの
なら、この数か月間、私たちが必死に求めつづけてきた本当に基本的な生
活物資の供給をハマースがやめたとしても、喜んで受け入れていたはず
だ。

爆撃は私の家のすぐ近くで起こった。私の一族の大半がこのエリアで暮ら
している。私の家族は無事だったが、叔父たちの家が2軒、損傷を受け
た。

今日は静かに休めるだろう。ガザ市民は今夜、死んだ者たちを追悼するこ
とができるだろう。イスラエルは、当座、これ以上の空爆は行なわないと
約束したそうだから。だが、誰もが、標的を定めた次の殺戮のステップが
やってくると考えている。これが意味するのは、すでに完全に封鎖された
ガザで暮らす宿命を強いられている罪のない一般市民が、さらに大勢巻き
込まれるということなのだ。

・・・・・・

サファ・ジューデーは、アメリカのストーニー・ブルック大学で学び、修
士論文提出資格を得た。2007年9月にガザに戻り、現在はフリージャーナ
リストとして活動している。

"The amount of death and destruction is inconceivable"
Safa Joudeh writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 27 December 2008

原文:http://electronicintifada.net/v2/article10059.shtml
エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml


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2008年12月27日土曜日

テトはどうしよう!?どうしますか?

 今年ももう少しで年末、ベトナムは年始はどうなるのか分からないが、1月末のテトがベトナムの正月休みらしいので、どうしようかと考えている。

ホーチミン市もみんな田舎に帰ってしまい、色んな営業店は休日になるので外国人は旅行に行くらしいと聞いてる。

このブログを見ている在越のみなさんはどうしますか?

私はベトナムのリゾート地へ遊びに行くか、他の国へ行くか迷っています。

何処へ行くにも予約しないとな!


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耳掃除を若い娘に!

 この坂を上ると鶏の教会へ行きます。
その坂の左側に、若い娘達が耳掃除をしている床屋を見つけたので行きました。

”今日はベトナムへ来て半年ぶりの耳掃除だ!”と、もう心は若い娘の耳掃除にうっとりの夢心地で飛び込みました。

あれ!先日見かけた娘達の姿は見当たらない、店には愛想の良い若い男性がにこやかに揉み手をしながら出迎えた。

「娘達は?」と聞く訳にもいかず、散髪と耳掃除をしたいと言うとその男性がまず散髪をし出した・・・。

ととと!期待していた状況の展開とは大違いです。
時間がちょうど昼の時間でした。これが原因のようです。
娘達は全員昼飯に家に帰ったようです。大失敗の巻でした。

今更やめる訳にもいかず、明日はHCMに帰るし、仕方なく耳掃除もしてもらいました。
でも予想に反して、上手でした。

でも、ベトナム風耳掃除は耳垢を寝ている客の腕に乗せるのです。「こんなに溜まってましたぜ!」と言わんばかりに・・・。(HCMでもそうだった)

半年ぶりの耳あかは出る出るは!ベトナム語が聞き分けれないのはこの影響ではと思うくらいでした。

しかし、このベトナム風は遠慮したい。自分の耳あかなど見たくないのですが・・・。店長さん!

と言う訳で、初めてのダラットでの癒し体験は空振りに終りました。次回の挑戦に期待しよう。

料金は合計で4万ドン(250円位)也。しかし友人のダラット・ベトナム人曰く「高い!」
外国人からすると、そうでもないのだけど。今時、安いよな。(これも円高メリットか?)


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鶏の教会

ダラットの街に写真のような教会が建っている。
この教会が珍しいのは塔の上に鶏が居ることだ。
「鶏の教会」と言われてるらしい。
「鶏が神様なのか?」と同行の元学生に聞くが詳細な説明は無し。(いずれ分かったら報告します)
この教会は町の中心街から見渡すと前方の丘の上の建っている。郵便局が近くにある。

その郵便局へ向かう途中、左側にquán cắt tóc(散髪屋)があった。若い娘が耳掃除もしているのが見えた、内心「行くぞ!」と思う。


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2008年12月26日金曜日

クメール人の生活と文化

チャーヴィンにはクメール人が住んでいてその生活と文化をかいま見ることができました。少しですが。
写真はそのクメール人が住んでいる地域の寺の写真です。Rの話しでは、昔はクメール人が住んでいた所をベトナム人が占領したらしい。

チャーヴィンの中心街ではケメール人が住めなくて郊外のある地域に住んでいるらしい。


上の写真はクメール人の住んでいる家らしい。
日本の茅葺きの様な造りだった。

クメール人を軽蔑して言う言葉があるらしいが、それを口にするとボコボコにやられるから禁句らしい。(Rの情報)
チャーヴィンへ行った時はいつも女子生徒の白い制服姿に新鮮さを感じて写真を撮ってしまう。


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貝を海に採りに行ったのですか?

ダラットでの出来事:
空港の近くのバス停で降りて墓参りの帰りにレストランで昼食を食べる時のことである。

赤貝の料理とお粥を注文したのだが、貝の料理がいつまで経っても出てこない。お粥は食べ終わってしまった。

連れのベトナム人にベトナム語での催促の言葉を教えてもらい言う。

「遅いけど、貝を海に採りに行ったのですか?」

「Vi phải mua sò ở biển nên phải chò lâu,mát thời gian.」

さすがにスタッフは苦笑いをしていた。
ここはダラットからバスで約40分かかる所だ。
田舎だ、のんびりとしたものである。外国人がお客に来るなど滅多にないだろう。


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私にとってクリスマスとは!?

 世の中、今の時期は身の置き場所に困るという思いをこの数年してきた。
クリスマスの時がまずそうだ。

日本の友人から、「仕事が忙しくて家に着いたのは遅くクリスマスを忘れていた・・・」とメールに書いてあった。

日本人は圧倒的に仏教だから本来キリスト教の行事であるクリスマスは関係ないのだが、商業的なイベントにのせられて日本人はクリスマスには何かをしなければならないという強迫観念に陥るようだ。

特に若い時には、一緒に時間を過ごす友人や恋人が居ないと寂しい思いをマスコミなどが助長する様な気がする。

ネットのニュースで日本の女性タレントが独りで死んでいるのが発見されたのを知った。そのタレントはけっこう有名なのだが、常に本当の愛に縁がなくて心の奥底に孤独がつきまとっている雰囲気のタレントだった。

この人肌恋しい時期の孤独感に睡眠薬などを飲み過ぎたのか?などと勝手に想像する。

しかし、そのタレントの孤独な思いを少しは理解できる様な気がするのだ。昔日本に居る時にそんな思いを経験しているから・・・。

過去を今更語りたくもないが、結果的に事業に失敗し家庭も崩壊し全てを失った喪失感と孤独感は言いようがないものであった。そんな時の年末から年始の時期は身の置き所がないというしか言いようがない。

そんな思いをしなければならない日本から脱出したというのが本音かもしれない。

では、ベトナムでの年末は?
こちらでは私は外国人なので、一人で居ても不思議ではないだろうし、他人の視線が気にならない。

それと一度病気を克服してから、精神的なゆとりが出て来た様な気がする。

幸いに、今はベトナム人の友人や語学仲間も何人かできて孤独感は感じなくなった。

今こうして生きていることに感謝したい。

(なんかつまらない話しになってしまいましたがクリスマスの雑感でした。)


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2008年12月25日木曜日

ホーチミンのクリスマスイブ

(上の写真はチャービンのである)
昨日は24日、日本だとクリスマスで大騒ぎだと思うが、ホーチミンのクリスマスは初めての体験で様子が分からない。

でも、その前日23日のベンタンマーッケット前はバイクでナイトマーケットに買い物にくるベトナム人で身動きできないほどだった。

R嬢曰く「ベトナム人は虫です!」その心は明かりに寄って来るから。

それを実感した。

24日は、ダラットへ一緒に行ったベトナム人の家に遊びに行く予定で、一人の元日本語学生といつも通っているカフェの近くの交差点で待ち合わせた。

しかし20分まっても来ないので、電話したら「もうすぐ行きます」とのことだった。このベトナム人女性は前にも30分は待たされたので、またか!と近くのショップでドリンクを飲みながら店の前で椅子に座って待つことにした。

結局、待てど暮らせどそれから30分以上も来ない。
私の座っている所は通りに面しているので通れば分かると思っていた。

約束の時間よりも1時間も経ってから電話が入る。
「私交差点で待っています」

え!と行ってみると、バイクに乗っているではないか。
顔を見た途端に「私、ここで30分待っていました」と言うのである。

えー!電話しろよ!ぼけーと待たないで。

こっちは1時間も待ったぞ!
内心、その30分は無駄な待ち時間だと思うが・・・。

なんとも間の抜けた待ち合わせだった!
ちなみにその女性はダラットで私のカメラのデータを消した張本人だ!

通りの写真はその待っていた時のものです。
それからバイクに乗って1区の隣の区まで行くのであるが、普段よりはバイクや車が多かった。

途中に工事中の通りがあったが、バスとバイクで大渋滞だった。(「クリスマスなどに出かけるものではないな」が実感)
(上のは綿菓子を買うR嬢の後ろ姿だ、当分会えないので記念に。ちなみに綿菓子を欲しがるRはまだ18歳なのだ、若い!いやまだ子どもか?)
普通だと30分くらいで行けるのに50分以上かかった。

遊びに行った家は兄弟3人が一緒に生活してるのだが、夜の食事はカレー味の山羊肉料理で美味だった。

しかし、日本のようにケーキなどが出ることはなかった。

そういえば、日本のようにケーキを持って走るバイクなどは見かけないので、ケーキ屋には飾ってはあるが山のように積んでる様子もない。

ただ、その夜はサッカーの試合をテレビでやっているらしくて、住宅中から時々「ウオー!」という歓声が聞こえてきた。

ベトナムではクリスマスよりもサッカーだ!

夜のイルミネーションも家電店やホテルなどは飾っているが、普通の家では何もない。

とにかく、ホーチミンのクリスマスは通りを走る異常なバイクの多さに驚くばかりだった。


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2008年12月24日水曜日

再びチャ ビインへ、メリークリスマス!

 1週間以上音信不通だったR嬢から電話が入り「田舎へ行きませんか」
という訳で、その日の午後からHCMから約200㎞南のチャービンへ再び行くことになった。

この町は4ヶ月前にBとRの3人で行った所だ。
Rの田舎である。
バス車中で「私アメリカへ行きます!」と告げられて、驚きとRらしい決断になんとなく納得。

それにしても、行動が早い!
この間のRの周囲では色んな変化があったらしい。
バイトの通訳をすることで、在越の日本人に出会い多くの刺激を得たらしい。

その影響で、ベトナム語もそうだが英語の必要性を痛感したようだ。そして将来への夢を持ち始めたようだ。

その結果が、1ヶ月ニューヨークへ行って来るという行動になったようだ。

行動の中で何かを会得して行くRのことだ、アメリカで何かをつかんで来るだろう。
二度目の訪問のチャービン滞在は、今回も短時間で一晩をRの田舎で過ごし翌日の夜にはHCMに帰るという忙しさだった。



チャービンの市場も前回と同じように動いていた。
HCMに帰った夜はクリスマスイブの前夜、ベンタン市場の周辺は人混みでいっぱいだった。


噂には聞いていたが、クリスマスのHCM,これから明日にかけて大変な騒ぎになるようだ・・・。

HCMに帰った夜は、2人で移動の疲れを癒しにマッサージへ行った。(私からのクリスマスプレゼントと米国行きへの励ましの気持ちを込めて)

日本ではできないクリスマス前夜の体験だった。
恥ずかしながら写真も掲載しよう。メリークリスマス!





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2008年12月21日日曜日

ホー スアン湖の周りは恋人?だらけ/ダラット

ダラットの中心に綺麗な湖があります。周囲5.1㎞
観光の町だけあって、ゴミなども無い湖で所々で魚釣りをしている姿も見られます。
夕方から夜になると、周囲は恋人達や若者の場所となります。

湖を歩いて一周すると約1時間半くらいかかるでしょう。
私たちは2人乗りの自転車をレンタルして一周しました。
その時の証拠写真は消えましたので残念ながらありません。
しかし、湖に隣接してゴルフ場があります。
この町の中心街に!?と思う様な贅沢な立地条件です。

昔、除草剤などの使用が環境に良く無いと知りゴルフをやめた(本音は金がかかるから)身としては、もったいない!と思うのですが、リゾート地としては最高の贅沢な環境ですな。


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