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2008年10月31日金曜日

ただいま健康なり

 ホーチミンに来てから4ヶ月、日本を出る時に医者からは定期的に検査をしなさいと言われていた。

そろそろ検査をしなければと思いながら、なかなか病院に行けなかったが、昨日やっと行った。

その病院は1区の統一会堂の公園の側にあるのだが、昨年に病気が発覚したときの病院なので、お礼かたがた行くのが遅くなってしまった。

いわゆる外国人専用の病院で海外旅行保険が使える所だ。

電話予約して行ったのだが、日本人看護婦(y tá)は交代していた。通訳をしてる日本人女性の方は同じ人で「覚えています」と言われて嬉しかった。

それはそうだろう、一年前は検査結果に青くなっている私を目の前で見ているのだから・・・。

あれから一年と2ヶ月、おかげで元気になって帰って来ましたとドクターに挨拶する時に通訳をしてくれた。

ドクター(bác sĩ)は覚えていてくれて握手した。元気な姿で会えることに喜びを感じた。感謝!

今日は少し風邪気味なので、喉がいがらっぽいなどと訴えて、ついでの血液検査もしてほしいとお願いする。

一つだけ保険が使えない検査があったので自費で払う。約3600ドンだった。

その検査結果が翌日の今日、電話があった。
「検査結果が出ました」の声に一瞬緊張する。
昨年は、その結果以来地獄を見た様な思いだから。

「結果は正常でした。前回検査よりも良好です。」にほっとした。

ホーチミンに来て4ヶ月、環境の変化が気になっていたが、大丈夫だ。
私の体は健康なんだ。




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初めての電話/ある恋(yêu)の物語

 電話番号を書いたメモをもらってから、彼はいつ電話をしようかと思い悩んでいた。
まだベトナム語を学び始めて2ヶ月しか経っていないので、挨拶程度しかベトナム語は話せないのである。

早く電話をしたいのだが、何を話そうか?相手が話すことが分かるのか?などと考えると電話に手が出ないのであった。

それでも彼はHCMに帰ってから、二日目にその電話番号に電話したのである。

「Alô,tôi là ◯◯。もしもし◯◯です。」
「Alô,.......」
彼は覚えたてのベトナム語をいくつか話そうとするが、なかなか思うように出てこない。
覚えてる単語を発話するのだが・・・。

それよりも、相手の言葉が分からないのである。
ベトナム語で普通にしゃべってるのでしょうが、聞き取れない。

「私はベトナム語が少ししか分からない」というベトナム語を言うと、今度は英語で話し出した・・・。

それも聞き取れない。トホホである。

相手は「I see」?とか言ってるようだが・・・。

一方交通の会話は長くは続かない。最後は
「Rât vui đươc gặp em」で終った。

後で考えると、ほとんど内容のないただ声を出しただけの電話だった。
でも、彼女の声が聞けた。

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2008年10月30日木曜日

一緒にラオスに旅行しましょう!

 今やクラスメイトから友人になったBが「彼が来たら3週間ほどベトナム中部からラオスまで旅行します。一緒に行きましょう。」と誘われている。

もちろんRも一緒にと誘ってのことだが。

以前から元彼云々と相談を受けていたのだが、こちらから行けないと言ったら向こうからBに会いに来るらしい。

しかし、他国に住んでいるのでビザや仕事の関係でまだ確定ではないらしい。

でも、彼と一緒に2人で行けば良いのに、私たちを誘うところがBたる所以である。

私たちも一緒に行く方が面白いし楽しいと言うのである!

そう言われて、断る理由もないし、一度行ってみたいラオスだ!!
私も行く気になって来た。

しかし、25歳のBの旅行スタイルはかなりのハードスタイルらしい。
いわゆるバックパッカースタイルで安宿に宿泊して長時間の車の移動もなんのそのってやつなのだろう。

私はもう若くないので、ついて行けるかな?と心配して言うのだが...。
Bは「大丈夫、大丈夫!」と気にもとめない。

しばらく考えさせてもらおう・・・。


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星の数ほど会いたい!?/ある恋(yêu)の物語

Lần sao gặp lại.

 空港内で紙切れに書かれたこの文字に彼は悪戦苦闘していた。
越日辞典で見ても、Lần :回・度、gặp:会う、sao:星、としか出てこないのである。

これだけで上記の文をどう解釈するか。

Lần :回・度、sao:星→星の数ほど? 、gặp lại:会いたい

オー「星の数ほど会いたい」という意味か?
エー、彼女がそう思っている?

男の自由勝手な妄想は宇宙のごとく広がるばかりだった。
彼の思いは宇宙の彼方まで飛んで行くのであった。



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2008年10月27日月曜日

クラスを替わって良かった!

 今日はクラスを替わって初めての授業です。

朝早く目が覚めたので、宿を早く出て7時過ぎには大学に着きました。
学内の食堂でコーヒーをゆったりと飲みながら8時までの時間をつぶしました。

そしたら、いつもはギリギリでくるBも少し早く来ました。

そして授業の始まり。
先生は前のクラスの初期に何回か授業を受けてるので顔なじみです。あれから約3ヶ月が経過、先生のお腹は大きくなっていました。

授業の始めに自然に自己紹介。
授業の進行も、個々の学生と質問したりして先生が会話をしながら行います。その分、学生の発話が多いので会話の練習になるでしょう。

心なしか、同じレベルのはずがこのクラスの皆さんが良く会話できる様な気がしてなりません。

授業内容も一課先を勉強しています。
当面、遅れた分を追いつくのに大変なようですが、がんばろうと。

やはり前のクラスとはかなり違うようです。

結論から言うと、替わって良かった。
Bも良い先生だ!と言っていた。


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2008年10月26日日曜日

元◯◯日本語学校の同窓会!?

 今日は昼から行きつけのカフェで◯◯日本語学校の元教師と元学生の同窓会的な交流をした。

きっかけは先週、そのカフェでいつものようにベトナム語の学習をしていたら、一人のベトナム人女性が日本語で話しかけてきた。

おー、日本語だ!!

と、嬉しくなり自己紹介をする。
そしたら、その女性は昨年私が勤めていた日本語学校で日本語を学んでいたとのこと。

今は別の、やはりHCMでは有名な日本語学校で学んでいるらしい。
その女性の日本語はかなり上手だ。

その日はお互いに自己紹介だけで後日会う約束をして別れた。

そして、今日再会した。
その彼女は友人を一人連れて来ていた。
やはり同じ学校で学んだ女性らしいが、今は学校へは行っていないらしい。

その2人の女性と3人で日本語で会話をしていく。

ある文章のところで、「会場」の発音を一人の女性が「カイゾウ」と発音するので、それを訂正するのに時間がかかった。

元々、ベトナム人の苦手な発音なのとクセがついてるので、簡単には直らない。

というように、2人は日本語について聞きたいことを私に問う、私はベトナム語の発音について教えてもらう。

私が教えてもらう時間が多かった。

途中、雨が降ってきて、先に知り合った女性の家が近いので彼女は途中で洗濯物を取り入れに帰宅してまた戻ってきた。

2人は果物を持参していて、一緒に食べる。(こちらのカフェでは持ち込んで食べるのは平気らしい。)

このように、なんともゆったりとした時間をカフェで過ごせていただいた。

今までは一人で孤独に過ごしていたが、このように日本語という共通の言語で交流できるのは、上記の◯◯日本語学校のおかげと感謝しなければならないなと思う。

今のその学校で働いている先生方、ありがとうございます。





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2008年10月25日土曜日

あるyêu物語の始まり!

 9月の某日、一人の男が南のある島の空港の中で搭乗の案内を待っていた。飛行場内では到着したばかりのプロペラ機が機体のチエックをしているのが見えた。

アナウンスでは45分遅れるとのことだ。
男は買う気もないのだが土産物売り場をぶらぶらと歩いていた。

ある売り場で、奥の方で一人の女性が座って化粧をしているのが見えた。
それを見て男は「Đẹp,đẹp!きれい、きれい!」と呟いた。

Cảm ơnありがとう」と女性の声が返ってきた。

そのまま通り過ぎて、またその売り場に戻ってきた彼は”旅の指さし会話帳”を片手にその女性を相手に指さし会話を始めていた。

簡単に自己紹介をしてから

Bao nhiêu tuổi ? 何歳ですか?

25 tuổi. 25歳。

Có gia đìn chưa? 結婚していますか?

・・・Giới thiệu cho tôi đi nhé.  紹介してください。

Thích người như thế nào?  どんな人が好きなの?

「・・・・」

彼女はメモ紙に何か書き出し、彼に手渡した。

Lần sao gặp lại. 09・・・・・ My phone´s number.」

「・・・・・」

その時、搭乗案内が始まり、チケットのチエックが始まった。

彼は飛行機の中で、Lần sao gặp lại.の意味を考えていた。

「Hẹn gặp lại :また会いましょう。」なら知ってる言葉だが、Lần saoが分からない。でもgặp lạiがあるので「・・・会いましょう」のような意味だろうと推測する。

オー!あの美女の電話番号をゲット!!

夢か幻か!?




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2008年10月24日金曜日

誕生日おめでとうB

 昨日は嬢Bの誕生日(SINH NHẬT)でした。Chúc mưng sinh nhật 誕生日おめでとう。

先日から、夜は鍋パーテーをしようと約束してました。
メンバーもちろん3人組。

昼は、Bは初期のクラスメイトだった韓国人の女性に、大学の構内でお祝いに唄をプレゼントされてました。


Bは感動して今にも泣き出しそうです。

歌った韓国人女性は宗教関係の人らしく、歌は韓国の民主化運動時代の歌らしい。一時期は歌うことを禁止されていたものだそうです。


夜の鍋パーテーは先日見つけた米国大使館裏の鍋屋です。
3人で大いに食べて大いに語り合いました。



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2008年10月22日水曜日

先生の笑顔は一日だけ!/やはりクラスを替わります

 今日も先生は開口一番、私に指名!
「先生、急に無理しないでください。理解の遅い私は最後でいいですよ!」と内心思う。

案の定、解答にモタモタしていると、イライラとする気持ちが顔に正直に出ています。(ベトナム人は表情が正直に出ます:良いも悪いも正直)

理解の遅い学習者ではなく理解の早い学習者に合わすのが好きな先生は、私を代表に出来の悪い学習者には怒りが湧いて来るようです。

私は幸か不幸かこのクラスでは一番の年長者です。従って教師も態度には気をつけてるようですが、他の同じように理解の遅い学習者にはガラッと態度が変わります。冷たい!!の一言です。何でこんなことが分からんの!という表情です。そして早口で追い込んできます。学習はますます焦る!!

オー、ここにも怒りの将軍Cが居ました。(怒りの将軍と名づけましょう。)

昨年。日本語学校で教えていたときに、一人のベトナム人女教師ですぐに阿修羅のごとく怒り出すのが居ました。

そこまでひどくはありあせんが、似た様なタイプです。
学習者の出来の悪いのは教師の責任ではなくて学習者が悪いとしか思わないタイプです。

「何でこんなことが分からんの?」というような軽蔑と怒りの顔をされてもねー。

つい、こちらも貴女の教え方が悪いのではないでしょうか?!
と開き直るしか無い。

という訳で、休憩時間に外に出て図書館に行って自習をして時間をつぶしました。そのままクラスには戻りませんでした。

やはり、クラスを変わろうと決意しました。


授業が終った時間に、Bが心配して電話をくれました。
「もう、あの教師の顔を見たくないな。」
「やはり冷たいですね!」

放課後、Bに通訳を頼みながらクラス替えの手続きをしました。Bも一緒に替わってくれるとのこと。嬉しいな、持つべきは友人だ。B掛け替えの無い友人となりました。

金曜日から替わります。いよいよ後が無い・・・。



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2008年10月21日火曜日

笑顔が良いのはどこ、ベトナム?ラオス?

 [ビルマ] ブログ村キーワード

 我がクラスの将軍Bはアジアの国は殆ど旅行しているらしい。
「ベトナム人は笑顔が良い!」と私が言った時に、「違います!」と自信たっぷりに言い切るのである。

え!じゃどこ?とオタオタすると「ラオスです」
と言うのである。

「行ったことあるの?」

「もちろん。」

そうか・・・。

「ミャンマー(ビルマ)も笑顔が良いです!」には以外だった。ミャンマー(ビルマ)の国民は可哀想なイメージがあるが
それでもビルマ人は笑顔が良いとのこと。

ラオスはベトナムよりもまだまだ貧しいが、ラオスの人はベトナム人よりもは笑顔が良いというのがBの意見である。

機会があれば一緒にラオスに旅行したいねとお互い言うのだが・・・。

しかし、25歳の若さでアジアの諸国を殆ど旅行したとは恐れ入りました。将軍の貫禄充分です。







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2008年10月20日月曜日

急に先生の態度が変わる

 今日のベトナム語の先生の態度は急変という感じだった。
いつもは月曜日の朝はやる気の無い態度見え見えの感じが、今日は笑顔なのである。

ようやく先週の「クラスを変わりたいです」の効果が出たようです。

授業の冒頭に私に質問が飛んできました。

おいおい、いつもは一番最後にどうでも良い様な態度で接していたのに、この変わりよう?!

例文の時でも、いままで韓国の例しか取り上げなかったのに、日本の例を出してきました。

ありありと事務所から注意があったのが見え見えです。

ま、一番出来の悪い私が理解するまで授業してもらえれば他のクラスメイトも助かるかな?

しかし、解りにくい字はそのままです。クセは簡単には直らないでしょう。

今週は様子見としましょう。



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2008年10月19日日曜日

もしかして市場では有名人!?

 市場へは大学からの帰りに人参を買いに週3回は行っていたが、先週は行けてなかった。

今日の昼前に市場へ行くと八百屋の女将が「昨日も来たのに、人参?」みたいな顔して驚いていたので、昼飯を食べに来たと言う。

市場内で、貝類を食べさせてくれる店がある。
その店のカウンターの椅子に腰かえてリュックサックをどうしようかと、モタモタしていたら隣のベトナム人のオバさんが、膝の上に置いて片方の手を通しておけと指示するのである。

ベトナム語で早口でしゃべるのでよく聞き取れないが、市場内も物騒だから悪い人間が持ち逃げするから注意しろ、というようなことを言っているらしい。

せっかくの親切なので、はいはいと従っておいた。
この市場に来始めて3ヶ月になるが初めての体験だ。

「ご親切にありがとう、私は日本人です。」とだけ言うと「日本語の先生でしょう」みたいなことを言うではないか。

「え!?、この見知らぬオバさんが何故知っているの?」

だから、向こうから声をかけてきたのか?!
こちらは知らないが向こうは知っている・・・。

この市場内をウロウロしている外国人は自分以外に他には見たこと無いので、もしかして市場内では有名人では?!

ま、目立つわな・・・。

貝は、蛤を二皿と他に名前の知らない貝が一皿で4万ドンでした。美味かった!

その後は、これまた行きつけの店で麺類と野菜ジュースをいただく。

食後はナッツをいつも買う店に行き、今日はドライフルーツを買う。名前は知らない。
店の女将は何か名前を言うのだが覚えられない。

しかし、そこの女将も帰り際に「これから果物を買いに行くの?」と聞くのである。

え!何で知ってるの?私がいつも果物を買うのを!

実は帰り際にいつも果物を買うのは私の決まった行動なのである。ここでも行動が知られている・・・。

やはり有名人か?!

外国だからと気楽に市場内をウロウロしていたのだが、向こうからはいつも監視されてるようなもんだったのかも。衆目の中を歩いていたのだ。

これから、ヘタな行動はできないな。


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ベトナムの親戚が反対してるの!

 金曜日の夜、Bから電話が入った。
「ベトナム人のオジさんが反対してるの、どうしたらいい?!」

Bは昼の勢いで、今宿を借りている母親の姉妹の家で「明日引っ越します」と言ったのだろう。

ところが叔父さんにあたる人(血縁はない)が反対らしい。理由は色々あるが心配してることは間違いない。

「1区は危ない地域だ」「自分が送り迎えしてやる」「夜は9時までに帰って来い」「タクシーに乗るのはモッタイナイ」「君は女の子だ」等々を言うらしい。

Bは一ヶ月前にはホーチミン市内1区に住んでいた。そこも親戚の家だったが、住んでる時には日本とベトナムの文化・習慣の違いなどに悩んでいた。

今のベトナムの生活水準は日本の30年前以上だと思う時がある。意識の差も大きい。

私などは田舎育ちなので日本の貧しい時代の記憶は理解できるのだが、Bは18歳だ。
経済成長しきった日本に生まれ育った世代だ。

それが今のベトナムの現実を見たら、日本での生活とのギャップは大きいだろう。

一方で、ベトナム人から日本の若者をみたら「贅沢な、我がままな日本人!!」と思うだろう。

このギャップで、お互いの関係はうまくいかなかったのである。

今度も、その意識の差が出てきてるような気がする。

Bにすれば、語学留学してる若者と同じに宿を借りる感覚だが、ベトナムの親戚にすれば「ウチがあるのに何で?」だろう。

少し遠くても、ベトナム人は通っている。Bの行為は我がままだと思うのも理解できる。

従って私には親戚のベトナム人のオジさんが反対するのも理解できるのである。

しかし、Bには理解できない。「何で?!」となるだろう。

喧嘩してでも明日出て行きそうな感じなので、オジさんが納得するまで説得しなさいと言っておいた。

「とにかく正攻法で説得しなさい。明日引っ越しができなくても仕方ないでしょう。」とBを説得するのであった。

ベトナム人から見たら、Bの行動は理解できないのかも知れない。日本の18歳の若者だ。日本人の私でも理解が難しい時があるのにましてやだ。


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乾期は暑い?!

 ベトナムの乾期はいつからだったかな?
そろそろ乾期に入るのでないのか。

最近、雨があまり降らなくなった。
その分、暑いのである。
乾期になったら涼しくなるのかと思っていたがどうも違うらしい。

雨が降らない分、暑いですという人もいる。

えー!?

私の宿の部屋は二階で屋根はトタン板なので午後から夜にかけてはとにかく暑い!暑い!

夜中に寝ていても汗が出て止まらない。

今朝も4時頃に目が覚めたが、朝方なのに外の気温もそんなに低くはない。
ネットでHCMの気温を調べると最高が33度C、現在の気温が24度Cとありました。

日本は秋、こっちも秋ではないのかと錯覚するのだが秋にはならんらしい。


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2008年10月18日土曜日

元彼のところには行きません

 金曜日の夕方、大学の中庭での物件会議も終わり、週末だし一緒に食事をしようとRと大学を後にする。

目的も決めずに、自転車に乗ってうろうろと走り出す。
鍋を食べたくなったので米国大使館前を通り過ぎて交差点を右に曲がり再度右にまがりユーターンして少しすると左側に「lẩu鍋」の看板が見えた。

そこはちょうど米国大使館の真裏になる場所だ。

店に入りメニューを見ると、魚鍋で8万ドン。2人で食べるには充分だ。

そこへBから電話がはいる。
「とにかく会いたい!」何か話しがしたいらしい。

Bが来て、話しを聞きながら食事をする。
先ほど、バイトの面接を受けていたらしい。
結果は採用になったので忙しくなるとのこと。ただし仕事は12月からだが。

それで、前から相談していた件で、元彼の所に会いに行くのは止めるとのこと。

オー、決断しましたか。

Bはそのことを私たちに話したかったのである。

前に向いて一歩動き出したようです。


食事後、Rはバスで帰るので、Bを自転車で送ることになりました。宿は同じ1区内です。

またまたホーチミン市内の1区を自転車で2人乗りしました。

疲れました。



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え、一軒家に住むんじゃなかったの・・・

 金曜日、R嬢は授業は欠席だった。
また寝坊か?とB嬢と授業中にヒソヒソ話していた。

放課後は例によって、ヌックミアをBと大学前の路上で座り込んで飲む。
Bは「Rと一緒に住むのは良いんではないですか。」などと言う。
ま、その為にはクリアしなければならない事がいろいろとあるのですがと心の中で思う。

昼食後、Bは授業、私は図書館で勉強。
図書館は冷房があるのです。

R嬢から電話が入って、今、中庭に居るとのこと。

あたふたと中庭に行く。
会った途端、「良い物件があったの。300ドルだったが230に負けてくれる。日本人が管理してるし・・・。」と嬉しそうに言うのである。

見るだけでなく、そこにもう住む気になっていることが有り有りだ。

実は前日に、知人を通じて物件が紹介されたと言っていたが、一軒家の物件ではなかったので「見るだけなら良いだろう、参考になるし」と言っておいたが・・・。

デパートへ行って、当初買いたい洋服が見つからず物色していたら、素敵な服があって試着してみたら店員が「良くお似合いです!」などと言うものだから、買ってしまった。

R嬢はこのような状況に陥っているのが分かる。

一抹の不安が的中してしまった。

「それで・・・、一軒家を探すのではなかったの。」

「でも、なかなかないし、探してる?。早く引っ越したいし・・・。」

「でも、そこはまだ他に部屋は空いてるから・・・。」

「一緒に住みたいと言うから、ようやくその気になったのに・・・。」

「でも、すぐにウンと言わなかったじゃない。」

「そりゃそうさ、色々と考えることもあるし・・・。」

「でも、そこに一緒に住めるよ。」

「・・・・・・」

一軒家は一軒家の夢が膨らんでいたのだが、わずか数日で萎んでしまったようだ。


そこへBも参加して来た。
Rに条件を聞いて「良いではないですか」
もう、単純なんだから・・・。

そう物件としては悪くない条件です。大学にも近いようだし。
ただね、あまりにも早く一軒家構想が萎んでしまって、最初の言い出しっぺのRは今の物件に心がいっているのが気にくわんのです。

そこへこの大学へ留学している日本人学生が参加してきて、やはり条件を聞いて「早く契約した方が良いよ」などとけしかける。

情勢は完全にRの方に傾いている。
私もその物件を明日見る事にするが同時にRは引っ越しをするということに話しは進展していった。




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さすがサムソン

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 今のベトナム語のクラスに韓国のサムソンの駐在員の奥様がいる。歳は40代前半か。失礼。

前にも書いたが、今のクラスでは一番優秀な方だ。
当然、教師の覚えも良くて、ことある毎に「L..」「L..」と指名されている。

先日も教師がどこに住んでいるかと聞いていたが、聞かなくても良いのにそのLさんに家賃まで聞いていた。

Lさんが住んでいるのは、大学から統一会堂まで行く間の米国大使館などがあるメイン通り沿いの高級マンションなのだ。
同じ建物には高級な店がある。

Lさんはホーチミンに来る前は東欧やイギリスに駐在していたらしい。まさにエリート社員の奥様であるが、変に偉ぶった様子などなく知的な雰囲気のある素敵な女性である。

Lさんは当然、韓国語と英語はできる。それに東欧の言葉と。
韓国語も英語も話せない私に「ベトナム語でお互いに会話がしたいですね」と優しく言ってくれるのである。

そのLさんに、ベトナム語教師は家賃は幾らかと先日聞いていた。「3000ドル」と聞いて教師は絶句した。

だから聞かなければ良いのに、と私は内心思ったのだが・・・。こういう事を聞きたがるのがベトナム人なのだ。

しかし、このホーチミン市でも家賃3000ドルを出せる人はそんなに多くはないだろう。
日本企業も出しているのだろうか。

古い経験だと日本企業は海外駐在員に対しては安全面も考慮してそれ相当の待遇をしていたのだが最近はどうだろう。

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一緒に住みませんか

「一緒に住みませんか」と女性に言われるなんて、一生のうちにそんなにあるもんではない。

それが現実におきてしまった。オー、夢か幻か。

R嬢がホーチミンに帰ってきてから、宿を探しているのはこのブログでも書いているが、今は空港の近くのベトナム人親戚の家にホームステイしているが大学まで遠いので近場で宿を探している。

私も今の宿は環境が良くないので近いうちに引っ越したいと話していたら「一緒に住みません」と言い出すのであった。

え、えー。18歳の女子大生からこんな声をかけられるなんて・・・。現実か。

この会話は大学内の中庭での四日前のことだったと思う。
将軍B嬢もその場に居た。

R嬢は気が早い、一戸建ての物件があれば良いねなどと言いながら、物件情報探しにその場で街に出て行った。

残された私は一人でもの思いに耽っていた。
どうしたもんか・・・。
一緒に住みませんかと言われて断る理由などないだろう。
しかし、もしそうするとしたら解決しなければならない事が多々ある。





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2008年10月16日木曜日

「ここは大学です、その服装では困ります。」

 表記の「ここは大学です、その服装では困ります。」は外国語センター事務所でBとRが言われた言葉です。

それぞれ言われた時期は違うが、その時の2人の姿は、短パンでタンクトップ姿であった。

Rはぶつぶつ不満を言っていたが、さすがに翌日は服装は変わっていた。

Bはというと、前に言われてから一月にもなるが変わらない。
どうも、変える気はないようだ。

この前も、Rが帰ってきて再学習の申込をしている時に服装の
ことを一緒に再注意されたのだが、本人は馬耳東風だ。
今日も短パン姿で学内を闊歩している。

Rの話しだと、昔太っていた時があって今はスマートになったがその反動で素肌を露出したい願望が深層心理であるらしい。

そうかと思うと、ミニスカートで同じように肌の露出度は変わらない、いやそれ以上の若い女性を学内で発見して、「あれ、あれ」と言ったら「アホな韓国人です」とBは言っていた。
良いも悪いもこの大学内は外国人は韓国人が多い。

最近、私はBに「アオザイを身に着けたら格好いいよ。」とささやいているのだが。

もういい加減若い格好は止めて大人の雰囲気を出してみたらどうですか将軍B。アオザイ姿を見てみたいものだ。


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やたらと気ぜわしくなってきた

 今週はやたらと気ぜわしくなって来た。
原因は一つ、R嬢が帰ってきて三人組が復活したからだ。

昔から三人寄れば何とかというが、私たちも2人よりも3人の方が面白くて楽しい。

Rは今、宿探しに忙しい。

このブログをご覧の皆様、ホーチミン市内1区を中心にして近場で一軒家か2部屋以上確保できる借家を探しております。
家賃は500ドル以内で。
情報を下さい。


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クラスをかわりたいです

 今日、大学の外国語センター事務所へ放課後行き、「クラスを代わりたい」と言った。

事務所では日本語はほとんど通じないので、B嬢とR嬢を従えて水戸黄門気取りで事務所に乗り込んで、いままで思っている事をしゃべってきた。

もちろん、RとBの通訳を通じて。

同じ時間帯で同じレベルのクラスは他に一つあるのだが、状況はあまり変わらないらしい。

英語での翻訳だけでなく、ベトナム語で直接教える教授法は無いのかと無理難題を言ってみたが、結果は同じ。

「辛抱して欲しい。」しかし、要望は教師に伝えるとのことだが、下手に伝えて意地悪されてもねー、と言いながら帰ってきた。

教師の質が急に変わる訳でもなく、なんか空しい気持ちだが、二週間くらい様子を見てほしい、その後同じようなら考えますとのことだったが・・・。

この行動が裏目に出なければ良いが。

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2008年10月15日水曜日

ヤングパワーリズムに

 R嬢が帰って来たのは良いが、彼女のヤングパワーリズムに私のリズムは合わないところがあるようだ。
適当にき合っているつもりでも、18歳のパワーにはついて行けない。

というよりは、向こうは人生はこれからという感じだが、こちらはそろそろ現役引退しようかという雰囲気なのだから。
でも、彼女のパワーで刺激を受けながら、錆び付きかけた私のエンジンも回転している。

日本の友人が「その分疲れるでしょうが」とメールをくれた。
その通りだよ、良く分かってる、と驚く。

昨日、R嬢と1区大学から4区まで自転車に2人乗りで我が宿に着いた。18歳の女子と自転車の2人乗りでホーチミン市1区のメイン通りを走るなんて人生で滅多に無いだろう。
いや、最初で最後か・・・。

一人でもホーチミンのバイクの海を走るのは簡単ではない。ましてや2人乗り。

ベトナム人から見るとやけに目立つ2人だったろう。

下町に入って狭い路地を走ると、両側の住民の視線が一斉に注がれてる様な気がしてならない。

さすがにRは自転車を降りて歩き出した。
その好奇心丸出しの視線に耐えかねたのか。

まだネット回線が繋がらないRの為に我が宿のネット回線を提供したのでした。

自転車の2人乗り、疲れた。

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2008年10月13日月曜日

お帰り!R嬢。

 日本に一時帰国していたR嬢が予定通りHCMに帰ってきた。
本当に帰るのだろうか?と心配もしたが「帰りたくない!日本が良い!」と言いながらHCMの土を再び踏むR嬢であった。

詳細は聞いていないが、一月前に日本に一時帰国する直前に「親戚の家を追い出された!」らしい。

日本に居るベトナム人家族とベトナムの親戚で金がからむゴタゴタがあったりして、人間関係に悩んでいたR嬢だった。

そもそもベトナムに来たのは、自らの体に半分ベトナム人の血が流れているR嬢にとって、ベトナムは祖国でもあり希望でもあった。

ベトナム語を第二言語として話せるが読み書きができないので、それを習得しようとHCMにやって来たのだ。

日本の某有名私大の大学生だが休学してやって来ている。
その行動力には敬服する。

このHCMの大学でもそうだが、そういう勇気ある若者はまだまだ少ない。

一方で、韓国人は多い。若者から中年まで韓流パワーは健在という雰囲気だ。この大学で外国人で多いのは韓国人だろう。

そのR嬢、まだ大学一年生だから若い。未来は希望に満ちあふれている。

という訳で、将軍B嬢、R嬢と役者はそろった。
また楽しい交流のできごとを書けるでしょう。


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2008年10月11日土曜日

カフェで4時間以上も!

 昨日の事ですが、いつものカフェに行きました。午後の3時頃だったでしょうか。

いつもの二階の手前の席が空いてなく、奥の席に座りました。
ベトナム語の宿題の地図を見ながら説明する文を考えます。

教室では充分に理解できていないところを、この店のスタッフに聞きたいと思うのですが、先日は親切に教えてくれた20歳のベトナム人女性スタッフLは今日は席に寄ってきてくれません。

席が悪いのかな?

しばらくして、右斜め前のベトナム人が妙に気になり出しました。残念ながら、美人ではありません。男性です。

一見、日本で言うと自営業か中小業者のオヤジ風です。
私が来た時には居ましたから、それからも独りで何をすることもなくお茶だけ飲んでいます。

夕方6時頃になって雨が降ってきました。
私は暇なので、雨が止むまでカフェに居ようと、勉強は止めて、中島みゆきをipodで聴き始めました。

最近聴いていなかった中島みゆき。
同じ曲を何回聴いても、その時、場所で詩の意味の受けとめが変わりますね。

ところが先ほどのオヤジさん、まだいます。
もう7時になろうとしています。

誰かを待っている風でもなく、ただ時間をつぶしている感じです。
家に帰りたくないことでもあるのでしょうか?借金取りが待っている。奥さんが恐い。資金繰りに行き詰まった・・・(日本ではあるまいし)等々、私は妄想するのでした。

結局、私は雨も止んだので7時過ぎにそのカフェを出て食事に向かいましたが、そのオヤジさんはまだねばってました。

今までベトナム人男性のカフェでのスタイルは、数人でしゃべりながら時間をつぶすというのは見てきましたが、今回のような例は珍しいのです。

ま、一方で私はいつも独りで毎日のように来てるので、これはこれで変な外国人だと思われているでしょうがね。


2008年10月10日金曜日

将軍B、犬の肉を食べる!

 今日は金曜日、ベトナム語学習が土日は休みなので週末だ!
という気分で放課後、将軍Bと2人で大学前の屋台でサトウキビジュースを飲む。

ベトナム語学習で疲れた脳細胞に直接に栄養がいくような気がして時々飲んでるのだが・・・。

それにしても、一杯2000ドンとは安い。円換算で15円くらいだ。ここは1区なのに4区の2500ドンより安い。
学生街だから?

2人で歩道上の椅子に座りながら路上を行き来するバイクや人を眺めながら飲む。

実は少し前にホーチミン南部の田舎に3人で行った時のクラスメイトのR嬢が日本に一時帰国中で、予定ではもうすぐホーチミンに帰ってくる予定。

しかし、それに関して連絡が無いので2人で心配しながら「本当に帰れるのだろうか?」などと話す。

将軍Bは元彼の件が判断つきかねているようだ。
というよりは彼の方が積極的に誘っているようだ。

私の意見は変わらないよ!と言っておいたが・・・。

ところが、急に「今晩、イヌの肉を食べに行きます。」と嬉しそうに言う。

おー!イヌですか。
ま、将軍B嬢にしたら、ゴキブリを食べるくらいですから、イヌなどどうってことない。

でも、ベトナムでは初めての体験らしい。もちろん韓国では食べてたようです。

しかも、ベトナム人男性と一緒に行くらしい。どうも新しい彼が出来つつあるようだ。
内心、山羊肉では無いのか?と思うのだが、どうもBが要望したようだ。

そのうちに「山羊肉を食べました!」と言ってくるだろう。
まだ、将軍Bは山羊肉に関する下ネタ的なことは知らないらしい。

ま、ベトナム人と付き合い出したら直ぐに知るでしょうがね。

食い気と色気に関しては健在の将軍Bでした。


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2008年10月9日木曜日

ベトナム人の「友達」とは?

 先日、大学構内の学習室で復習をしていたら、日本語を勉強しているベトナム人女性が目の前に居た。
この大学に来てから3ヶ月が経過するが、日本語を勉強しているベトナム人に出会ったのは初めてではないかと思う。

つい、嬉しくなって話しかけた。
そのベトナム人女性は中級レベル(?)の教科書を勉強していた。(一年間日本語を勉強しているとのこと)

つい調子にのって「分からないことがあったら聞いてよ」などと言ってしまった。

そしたら彼女は教科書を出して、「・・・信号が青だろうか緑だろうか・・・」の「だろうか」がよく分からんと言う。

いやー、調子に乗って言うもんではありませんな。
それから、その「だろうか」について説明をしたつもりですが、突然の質問には充分な答えにはなっていないでしょう。

彼女は分かっただろうか。などとオヤジのダジャレを言ってる場合ではありません。

ところがその彼女とは話し終えた頃に、隣の席のベトナム人女性が話しかけてきました。流暢な日本語ではないですか。

日本語が上手なので何処で勉強したのか聞くと、今でもこの大学で勉強中だが、この大学の卒業生で大手日系企業に勤めていたとのこと。

何故か、今もこの大学で日本語の勉強中らしい。

話しが弾み、お互いに自己紹介をしていたら、私が昨年勤務していた日本語学校に友達がいると言い出した。

その友人の名前を聞いたら、私の友人と同一人物ではないか。
え!本当ですか?
そのベトナム人女性が説明する友人は私の友人とイメージが一致するのです。

世間は、いやベトナムは狭いな!
と感心、いや驚きでした。

実はその友人とやらに私は先週に会ったばかりでした。

宿に帰宅してから、電話でその友人に確認しました。
てっきり「ホーチミンは狭いね!」と言われるかと思いきや、「知りません!分かりません。」の返事。

えー!その友人だと言うベトナム人女性のベトナム語の名前を繰り返すのですが、私の発音が悪いから分からないのではないとのこと。
心当たりがないということです。

「そうなんですか!」と私はがっかりです。
別に、分かったからどうこう何もないのですが、何かがっくりです。

「今度会ったら写真を撮って送って!」が友人の声。

こういう時に、わたし的な感じでは「知らないと言ってます」とそのベトナム人女性に言いにくいのです。

「貴女を知らないと言っているので証拠写真を撮らせてください。」などとは言えませんよね。

「ベトナム語で分からないことがあったらいつでも教えますよ」と言ってくれてるので、近いうちに会えるのですがどう切り出したもんですかね。

「友人」が聞き間違いで「知人」程度のことだったのか、友人が忘却されているのか?
はたまたベトナムでは「友人」の概念が違うのか?




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2008年10月8日水曜日

「ノーベル賞おかしくない?」/将軍B言語録

 [ノーベル物理学賞] ブログ村キーワード

 昨日のNHK(衛星放送)は日本人3氏のノーベル賞受賞のニュースを繰り返し流してました。
私も日本人、やはり嬉しかった。

ところで、今日その事を将軍Bにちょっとしたところ、
ノーベル賞!日本人ばかりでしょう。」
「今まで15人くらい!多すぎませんか?」と来た。オイオイ!

「賄賂か、お金が・・・」などと宣うのだ。

そこまで言うか!

うーん、やはり、話題にすべきではなかったか。

「昨日のNHKはそればかり繰り返していた!」
「韓国人も優秀な人は居ます。」と悔しそうに言うのである。

それ以上の話題継続は一波乱起きそうな雰囲気なので、適当に「ま、日本は戦後復興が早かったから基礎研究などが進んだのでしょう。」などと訳の分からん話しでお茶を濁しておいた。

これ以上この話題にこだわると何が飛び出すか分からん状況でした。

日頃はお互いに自国の批判などをしていてもこういう時にナショナリテは刺激を受けるんですな。

そう言えば、最後まで「良かったですね!」的な言葉は出てこなかった・・・。難しいな国際関係は!


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将軍B曰く「そんなことも分からないですか!」

 今日の授業はいつもの恐い先生が何故かお休みだ。
代わりに今日が二回目の先生が来た。

その先生、恐い恐い先生と違って非常にソフトムードだ。
声も優しく小さい声だ。

今まで恐い先生の大きな迫力ある声に慣れているので、嬢Bは当初は「何か頼りなそう」とか言っていたが、今日は「良い先生だ」に変わった。

先生の喋る時間が少ない分、学習者に発話をさせる時間が増えるのである。

いつもの先生に、「先生、時々休んで下さい。」と言いたいな。

先生が代わると、こうも授業内容が変わるとは!!

ところで、嬢BはやはりHCMの将軍である。

授業中に分からないことがあり隣の席の嬢Bに聞くと
そんなことも分からないのですか。」と宣うのである。

「そんな言い方はないだろう。分からんから聞いてるんだ!
バカにするな!」

え!怒らないでください。バカにしてません。

「勉強に来てるんだ。分からなくて当たり前なんだ。聞いて何故悪い!」

「え!すみません。」

以上は全て日本語での会話です。(もう、頑固親父とヤンチャ娘の会話ですな。)

私は日本人、嬢Bは韓国人、いくら日本語が上手と言えども言い方がおかしい時があります。


やはり嬢Bはホーチミンの将軍Bでした、pistaさん。


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人には忘れたいことがあるのに!/記憶とは?

 今朝は夢をみて早く目が覚めた。5時前だ。

覚えている夢はあまり良くないと聞いたことがある?!

その夢の時代は20数年前にさかのぼる。

不思議なものである。昔のことなどとっくに忘れているはずが20数年前の出来事が夢の中でよみがえるとは。

それはあまり気持ちのよいものではない。
特に忘れてしまいたいことなどが、夢に出てくるのが常だ。

若き頃の失恋したことなどは忘れたい出来事だが、突然に夢の中でよみがえったりすることがある。

もっと悪いのは、仕事で人間関係に悩んでいたことなどが20数年をさかのぼってよみがえる時など最悪である。

人間には忘れてしまいたい出来事がある。
思い出したくない出来事がある。
皮肉にも、そういう事が夢の中で出て来るのである。

忘れたいと強く思うほどその出来事は脳細胞の記憶を司る部分で逆に意識されて記憶されてしまうのだろうか?

一方で、最近習ったベトナム語は夢の中に出てくるどころか、記憶の中から永久に消えて行く様な気がしてならない。

記憶したい事は記憶できずに、忘れたい事は記憶している。
嫌なものである。

人間を永くやっていると、できれば忘れたい過去は幾つかある。

意識とは別に無意識に記憶に残っていて夢の中に出て来るのであろうか。

故郷は故郷である。
嫌な事があって忘れたいと思っても故郷は忘れないだろう。
それと同じ様なものだろうか?

などと思うのでした。




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2008年10月7日火曜日

新興宗教ですか?

 宿の女将が里帰りというのは前に書いたが、この時期に何故?
と私は思う。
ま、ベトナムですから私の常識では計り知れないところがあるでしょうが。

もしかして、夫婦仲が悪くなって?

その原因は亭主が仕事をしないから?

いや、亭主が仕事もしないで宗教に凝り出したから?

などなど私の妄想は広がるのですが・・・。

真の理由はもちろん分かりません。

しかし、今日の夕方、亭主はパソコンで電話をしてました。
ふと画面を見ると相手は若い女性で大学院で学位を貰う時などに冠る物を冠した姿でした。

何かあやしいな?
わざわざあんな格好をしてるなんて?
ますますあやしい?

と、私の心に疑問が湧いてきました。

そう言えば、最近昼間から勉強と称して亭主は出かけていたが、どうも宗教関係の勉強らしかった。

日曜日ならともかくも、平日の朝からなのである。

そうするうちに、食事時のお祈りの時間がだんだんと長くなって行きました。
当初は簡単に「…・・・アーメン」だったのが、やたらとアーメンの前が長くなって行くのです・・・。

短かった頃には私も黙って終るのを目の前の食事に手を付けないで待っていたのですが、最近ではあまりにも長いので一人先に食べるようになりました。

そして、つい最近では、亭主が韓国語の会話の教科書を読んでいるのを見ました。

「なんだろう?」
「何で、韓国語?」

私が来た頃には、日本語を教えてほしいとしつこく聞いて来ていたが、最近ではまったくありません。
私も忙しくなったこともありますが。

韓国語に乗り換えた?

もしかして、日本でも一時期問題になった新興宗教ではないか?と頭によぎりました。

ベトナムでは色んな宗教が最近新出していると聞いた様な気がする。
韓国人もHCMでは多いからな・・・。

日本語のできる宿の住人が「宗教に凝り出して・・・」と心配していたが、このことだったのか。
いよいよのめり込みはじめたのかな?

ま、信教の自由とは言え、大丈夫かな。
これ以上、食事前のお祈りが長くならないこと祈ります。


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嬢Bの悩み!

 クラスメイトに嬢Bが居る。
日本語が堪能で英語もある英語圏に一年間留学していてできる。
そして今はベトナム語を勉強中だ。

「日本語は当初から好きだったがベトナム語は難しい!」と言いながらも、私よりも先を走っている感じだ。

彼女の言動はけっこう面白い。
授業中に突然に奇声を発したりする。
分からないことが分かったりするとそうなるらしい。

いわゆる憎めない性格というやつですかね。
クラスの人気者である。先生からもB、Bと事ある事に指名されている。

私は、授業は英語で説明されるので、理解できない時には彼女に日本語で聞いたりして大変に助かっている。

その嬢Bが今日の放課後に悩みがあると言い出した。

「元彼が会いたいと言っているが行くべきかどうか?」

元彼は英語圏のある国に住んでいて、彼女も一年一緒に生活した仲である。でも、彼には恋人が別のEU圏の国に居た。
と少しややこしい話しである。

しかし、その嬢Bはベトナムに来て4ヶ月経過、この間に彼氏ができて一ヶ月付き合って最近別れたばかりらしい。

そのベトナムで彼氏ができたという話しは前に聞いていて、このブログでも登場するが仲良し3人組で小旅行をした時に「羨ましい!私たちは未だに何もないのに!」と悔しがっていたのである。

話しを聞いてみると、不思議に次から次へと彼氏(恋人?)ができてるのである。ほんと羨ましい限りだ!
彼女独特の女性フェムロンを発しているのかも知れない。

ま、見た目も派手で最近まで短パン姿で大学に来ていたのだが、「大学内ではその姿は遠慮してください、特に図書室には禁止です。」と言われて少し大人しい格好になったが・・・。

そして過去の彼氏歴は国際色豊なのである。
(なんで私はこんなこと書いているの?あほらしくなった!)

とにかく彼女の悩みには、私なりに素直に答えておいた。
「元彼氏から見たら、今の貴女は『都合の良い女』でしかないような気がする。」

彼女は私からは娘位の世代である。娘の悩みを親父が心配しながら相談にのる心境であった。いや実の娘だったらこんな話しはしないだろう。

今回も、訳の分からん文になりました。悪しからず。


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2008年10月6日月曜日

突然の訪問者!/生物編

 今日の授業中に女性陣が急に騒ぎ出した。
何が起きたのか?と聞くとゴキが居ると言う。

どれどれ、と机の下を見ると、居ました。一匹のゴキが。

例によって、ゆっくりと移動しています。

若い韓国女性の学習者は見ただけで、一番遠くの席に移動しました。見るだけで気持ち悪くなるとか。

私に「早く殺して!」などと下手な映画の台詞の様な言葉を言われるのだが、私も無益な殺生はしたくありません。

そう言えば韓国嬢Bは中国でゴキを食べた強者です。
「B,捕まえて食べる?カラアゲにする?」などとからかうのだがさすがに反応は鈍い。

大騒ぎをしているのは若い韓国人のみで、ベトナム人の先生は「何をそんなに騒いでいるのよ!」と悠然としています。

「ベトナムのゴキは動きが鈍いな!」「そうだよね。」
などと言っている内にゴキは隣の部屋に移動したようです。
居なくなりました。

私も無益な殺生をしないで済みました。やれやれ。

そこで先生にゴキのベトナム語を聞きました。

「con gián コン ヤン」

ベトナム語では犬con chóや猫con mèoなどの生物には類別詞のconを名詞の前に付けます。

そうかゴキもベトナムでは犬や猫の仲間なんだ!と妙に感心、納得。



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2008年10月5日日曜日

突然の訪問者!

 昨日から宿の女将が里帰りで一週間は食事を作ってもらえない。
この際、日頃食いたい物や食えない物を食べようと夕方から町を自転車で廻っていた。

初めて通る通りを走りながらご飯を食べれる飯屋を探すのだが、なかなか見つからない。

麺類の店はあるのだが・・・。

飯は諦めて、中国風の麺類の店に入るが、例によって店員の言葉が分からない。メニューを見ても分からない。

結局、作っている所へ行って指指し注文をした。
それでもちゃんと食べれるから満足。

帰る途中で電話が鳴る。宿の住人からだ。
「一緒に食事をしようと待っているのに」と言うが、先にそういう話しはしておいて貰わないとね。ほんとにそうなのかどうかは分からない。

それと「お客様が部屋で待っています」とのこと。
え!またかよ。突然の訪問客だ。

時々、突然に訪問してくるベトナム人なのだが、正直最近は会いたくない気持ちが強い。

経緯は長くなるので、いつかしましょう。

とにかく、ベトナム人は突然予告なしに訪問するのが通常らしい。

電話を事前にかけるようなことは一切なし。
ある日、突然に部屋の入り口に現れたら驚くではないですか!

ベトナム語の学習中に現れて、学習が2時間も中断したこともある。
気の弱い私は、「忙しいから帰ってよ」と言えないのです。

でもいつかは言わないといけないな。

今日は電話でしたから「まだ用事があって帰れないから、今日は帰るように言って」と頼みました。
「会いたくないのだ!」と宿の住人は言ってましたが...。

すぐ帰るつもりが、すれ違いに会いたくないので行きたくもないカフェで時間を潰す私がいました。


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娼婦?!

「眼鏡をかけて、PCを操り、上品な服装をしたキレイな女性にカフェで声をかけられたら」娼婦だと思いなさい。
というのがブログ『越南指南』 http://pistaohanoi.blogspot.com/
で、ベトナム語の先生の注意として書いてあった。(pistaさん、勝手にネタを拝借します)

このブログは大変面白く書いておられるのでいつも拝見している。ネタも色々で楽しい。

上記の「注意」を読んでから今朝いつものカフェに出かけた。
コーヒーを飲みながらふと周りを見ると右斜め前にパソコンを使う若い女性を発見。独りである。
白いシャツで清楚な感じだ!

まてよ!これって今朝見たpistaさんのブログの再現ではないか?

いかん、いかん!
「眼鏡をかけて、PCを操り、上品な服装をしたキレイな女性」
はみんな娼婦とは限らんだろう!

ましてや、こちらはHCM。上記の話しはHa Noiのことだ。
などと、自問自答。思い込みはいかん。しかし気になるな。

幸いに、声をかけれるような場面んなし、その女性はパソコンに夢中になっておられるようでした。

近くによっていないのでキレイだったかどうかは未確認でした。

少し前に同じカフェで、ボリューム抜群で如何にも水商売か娼婦らしき雰囲気丸出しの綺麗な女性を見かけました。チラッと目が合ったのですがそういう世界の女性だと確信しました。

でも、上記の「注意」ではそうではなくて、一見OL風の女性らしいです。その世界にもランクがあるようです。

しかし、私の通うカフェは下町ですからね・・・。

話しが混乱してきたのでこの辺で・・・。



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2008年10月2日木曜日

授業は始まったが!

 ベトナム語の初級2クラスの授業が今週から始まった。
教師は同じで、学習者が減って現在7人だ。
他のクラスに行った人もいる。

しかし始まったばかりだが私の気持ちは暗い。
どうも月水金担当の教師が合わない。
相変わらず学習者の状況は無頓着の授業をするだけの内容に辟易してきた。

それとリスニングが極端に苦手というか、この間テストの時に一回と他に一回、二回しかテープは聞いてはいないが分かりにくい。

教師が話すのも分かりにくい。

とにかくものすごく苦手意識が出てきて弱っている。

教科書を見ている時はまだ良いのだが、見ないで聞いていると頭の中でベトナム語の文にならない。

相変わらず、説明は英語で翻訳するだけの内容だし。(火木は違うが)このまま継続しても効果があるのかな?

などと疑問や不安が湧いてきた。
他の日本語で教える教室に変わった方がいいかな?
などと思ったりする。

でも、今日はクラスメイトと一緒に大学内の食堂でコーヒーを飲みながらグチを言い合う。少しストレスの解消になった。


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