http://ping.blogmura.com/xmlrpc/qv0o9d394fom

2008年11月24日月曜日

ひたすらラックヤーそしてPQ

 朝、昨日のセオムが張り切ってホテルに現れたが、港に行くのは止めてラックヤーまでバスで行くことを伝える。
がっかりした様子だが仕方がない。(料金を下げると言い出したが、もう遅いよとつっぱねる。・・・昨日値段をボラなければ状況は変わったかもしれないが、君たちが値段をふっかけるからだよと内心思う。今だけ、儲かれば良いというベトナム根性の結果さ。)


バス停までセオムに乗るが、途中でラックヤー行きのバスに出会い、セオムがバスに伝えて乗る込むことができた。
この辺がベトナムのイージーなところで良い。
さー、一路ラックヤーまでゴー!

ハーテーンの地域情報、Bの韓国語のガイドブックからの情報だと、昔戦争時代には米軍の施設があった地域らしい。

その跡か、ベトナム軍の施設があるらしい地域で兵隊らしき姿を見かけた。今はベトナム軍の施設になっているのだろう。

カンボジアとの国境に近い地域なので軍事上は重要な地域なのだろうと想像する。


バスは猛スピードで左に運河を見ながらひたすらラックヤーまで走る。
この辺の景色はホーチミン市とは違い、メコン川デルタ地域独特の水路や緑と水の豊富さを感じさせる景色が延々と道路の両側に広がっているのである。


あらためてメコンデルタ地帯の豊かさを感じた。

Bは車中でひたすら寝ている。よく寝れるもんだと感心するが、若さの特権か。
こちとらは寝たくても寝れないよ!トホホ。
港町ラックヤーに着いたのは3時間後の昼前だった。
ハーテイーンよりも大きな町だ!が感想である。

「昨日、ここに泊まっていれば面白かったのに」はBの言葉。

バス停に着くと、例によってセオムが寄って来るので、無視して歩き出す。

途中、カフェに寄ってコーヒーを飲みながら、港までの道順を聞き出す。

子どもたちが居たので挨拶の日本語を教えてると面白がって受けた。この辺では日本人が来るのは珍しいかも知れない。
聞いた道順で港に向かってBと歩き出したのだが、地図も無い状況でおおざっぱな説明をもとに歩いたので、結果的には迷ってしまった。

途中で聞いても「あの辺だよ」ぐらいの案内しか無いので、困ってしまった。

病院をBが見つけて、英語で道を尋ねる。
何とか港へ行きたいことは伝わったようだ。

男性のベトナム人だったが、どうやら私たちを一人一人バイクで港まで乗せてくれるようだ。

しかし、それはBの英語力でも意思疎通がうまくいかず、結局セオムで行くことにしたが、その男性はセオムの料金交渉を半分の5000ドンに負けさせてくれたし港の船の切符売り場まで同行してくれたのである。若い親切な医師だった。感謝。

やっと、ラックヤーの港までたどり着いた。
PQまでの高速船の船代は25万ドンだった。

金にシビアなBは例によって「高い!」を連発しているが、「まー、まー」となだめる。

船旅は約3時間の、天気も良くて海は荒れてなく快適な旅だった。心は早、PQなり。



↓ポチッとクリックをしていただくと励みになります。見たという印です。↓
にほんブログ村 海外生活ブログ ベトナム情報へ

0 件のコメント: