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2009年1月19日月曜日

日本語教師に復帰します

[日本語教師] ブログ村キーワード

 突然ですが、日本語教師に復帰することになりました。
 縁あり、ホーチミン市内の某国立大学で2月のテト休暇明けから日本語教師をすることになりました。

 突然にベトナム人の友人から、某大学で日本人教師を探しているがやる気があるかどうかという電話が入った。

 その時はまだ半信半疑で「何コマやれますか?」と言われても、「話しを聞いてみないと分からない。」とだけ返事しておいた。

 後日、大学の担当教師から電話があり、人文社会科学大のカンテインで会い話しを聞き、その場で内諾した。
それでも急な話しだったし、内心「本当にこれで仕事ができるのか?明日にでも、実はこの話しは無かったことに・・・となるのではないか。」と疑いの念があった。

 でも、それから「あの話、は無かったことに・・・。」との電話は無いので、どうやら夢ではないらしいと思うようになった。

それだけ、私にとっても突然の話だった。

 このブログにも書いてるように、今年も当分はベトナム語の学生としてがんばるしかないな、いや頑張ろうと新年にあたって決意をしたところだった。

 そこへ舞い込んだ日本語教師の話、もちろん断る理由など無い。ましてや大学での仕事など願ってもない狭き門、喜んで受けましょう。

 と言う訳で、この1週間はその手続きや準備で久しぶりに忙しい気分を味わった。

私は日本語教師だった!

と実感しだしてるこの頃です。

 一年半ぶりの現場復帰に備え、錆び付いている頭を日本語教師モードに切り替えつつあるこの頃です。
従って、テトの休暇はボケーとしないで、授業の準備に追われることになりそうです。嬉しい悲鳴とはこのことなり。

 それにしても、人の縁とは大切なもんだと思うのです。
この話しは前の日本語学校で同僚だったベトナム人教師からの紹介でした。その人が推薦してくれたから実現したのです。
人の縁を大事にするというベトナムの良さを実感しました。
感謝。感恩。


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2009年1月16日金曜日

ガザの殺戮に「否」と言ったか 泥沼化するパレスチナ問題

[パレスチナ問題] ブログ村キーワード

ガザの殺戮に「否」と言ったか 泥沼化するパレスチナ問題
京都大学准教授 岡 真理
(著者の岡真理さんのご協力を得て掲載しています。)


http://arab-club.hp.infoseek.co.jp/kyotoshimbun.html




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テト休暇はダラットへ

 テト休暇期間は何処へ行こうかと、フーコック島やダラットのホテルを調べていた。
フーコック島は二回も行ってる処でお気に入りのリゾート地だが前回に7ドルで泊まったホテルがテト休暇は33ドルに値上がりしていた。高い部屋で10ドルだったから3倍から4倍の値段だ。
 
 ダラットは知人を通じて空いてるホテルがないか調べてたが一杯だとの返事で困っていた。
そこへ日本語学校の元教師仲間からダラットの実家がホテルをしている友人がいるとの情報が入り、早速聞いてもらう。
幸いにも28日まで空いている、それ以後もなんとかできるとの返事があった。宿泊料は15万ドン。安い!(と感じた)

 12月にダラットへ行った時に観光案内のパンフレットにはホテル代は安いところで15ドルくらいから載っていたので15万ドン(10ドル相当)はテト期間にしては安いと思う。
友人ルートだからテトのボッタクリは無いのだろうと良い方に解釈する。

 という訳で、テトの期間はダラットへ行くことになった。
今はホーチミン市も朝晩は寒く感じるようになったので、ダラットは相当に寒いだろうと想像する。

 12月にダラットへ行った時に、ダラットの環境が気に入り終の住処をダラットでなどと思うようになっていた。
ホーチミンと比較して、空気や水が綺麗・バイクが少ない・野菜が新鮮で美味しい・物価も安いなどと良いことばかりでできるだけ早いうちにダラットへ移住しようかと真面目に考えていた。

 今回のテト行きはその下見になるかも知れないなと思っている。


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2009年1月13日火曜日

R嬢よ、ニューヨークで元気にしてるの?!凍えてないかい!

 R嬢がニューヨークへ旅立ってから20日が経った。
時々、どうしてるかなと寂しくなった大学の構内で思い出してるのだが、行ったきりメールもない。

ま、こちらにいる時も自分が連絡をとりたい時しか連絡がとれない人だから、こちらのメールに返事があるとは思ってないが、それでもこちらの「元気かい?」というメールに返事もないと少し心配だ。

ふとカレンダーを見てみると旅立ってからもう20日が経過したようだ。早いものだ・・・。
一ヶ月経ったら帰ってくる予定だが、ふとネットでニューヨークの気温を調べて驚いた。

なんと毎日が、最高気温は0度C前後で最低気温がマイナスの6度C前後ではないか。

これでは凍るよ!
暑いホーチミンから急に寒い所に行って体調を崩しているのではないだろうか?などと急に親の気持ちになって心配になってきた。

ホーチミンは今でも最高は28度Cくらい、ニューヨークとの差は30度C前後!!この差は大きいな。


ま、若くて元気なRのことだし、いざと言う時にはたしか米国に親戚も居ると言っていたから大丈夫でしょうが・・・。

しかし、寒い所へ行くと大変だろうな。

とにもかくにも後10日、元気なRの声を待ってるよ!




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ベトナムだったらOKだったのに!移住しなさい。

「交通違反「これで許して」と5千円札 贈賄で現行犯逮捕」

ニュースの見出しを見て、思わず笑ってしまった。
ベトナムだったらOKだっただろう。
しかし、日本ではね。しかも5千円では少ないだろう!

ベトナムで5千円だったら即解放でしょうが!(ベトナム国家に失礼かな)

新聞記事をそのまま転載はしたく無いのだが、番外編として。
以下はasahi comからの転載です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
交通違反「これで許して」と5千円札 贈賄で現行犯逮捕
2009年1月13日8時35分印刷ソーシャルブックマーク
 交通違反の取り消しを求めて警官に現金を渡そうとしたとして、岩手県警紫波署は12日、盛岡市東見前の会社員高橋卓也容疑者(46)を贈賄容疑(申し込み)で現行犯逮捕した、と発表した。

 同署の説明によると、11日午後10時20分ごろ、自宅近くの市道交差点で、普通乗用車を運転中の高橋容疑者が、点滅していた赤信号を無視したのをパトロール中の同署員が発見して呼び止めた。酒のにおいがしたため、呼気検査などをしようとしたところ、同容疑者は「これで許して下さい」と言って財布から5千円札1枚を抜き取って差し出し、署員に交通違反の取り消しを求めた疑いがある。

 同署は「冗談のつもりではなく、実際に現金を提示して取り計らいを求めた以上、さすがに看過できない」。わいろについては「通用するはずがない」としている。

 同署によると、普通乗用車で赤信号(点滅)を無視する交通違反をした場合、減点2点と反則金7千円が科される。一方、刑法198条では、公務員にわいろを渡そうとした者は「3年以下の懲役または250万円以下の罰金に処する」と定めている。


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「イランへの血まみれの警告」/イスラエルの戦争

[テルアビブ] ブログ村キーワード
転載記事
----------------------------------
 以下は『南ドイツ新聞』に、2009年1月12日(月曜)付けで掲
載された論評記事の翻訳です。テルアビブからドイツ人記者が、イスラ
エルのガザ戦争を真っ向から批判し、さらに背景にある核問題にも踏み
込んだ優れたものと考え翻訳しました。来週のオバマ大統領就任にとも
なう変動を前に重要です。「訳責、梶村太一郎」と明記して転送、転載
して下さって結構です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
以下翻訳。( )内は訳注。
(原文); http://www.sueddeutsche.de/politik/335/454020/text/

(見出し)イランへの血まみれの警告
(小見出し)イスラエルのガザ地区での戦争は対ハマスだけではなく、
対イラン代理戦争である

トルステン・シュミッツ(テルアビブ)

(本文)

 イスラエルは自らの存在が脅かされていると見ている。過去8年間に
ガザ地区から発射された11000発の榴弾は、占領地のヨルダン川西
岸ではなく本国領のユダヤ人居住地に着弾している。

 イスラエルを破壊しようとし、イランによって訓練され資金が出され
ているハマスのロケットテロは、イスラエルの武力抑止能力を弱めるも
のだ。そこでイスラエルは、世界で最も装備された軍隊をもって、ハマ
スに叱責を与えているが、同時に自らを袋小路へ向けて爆撃している。

 この国は基本的な問題3点への正解を出さないまま戦争へ踏み込ん
だ。戦争を始める者は、まずはそれまでに軍事力投入なしに目的に達す
る可能性を追究すべきである。加えて、戦争遂行は均衡を保持しなけれ
ばならない。

 そして戦争は目的に到達できるチャンスを孕んでいなければならな
い。これら3点の全てでイスラエルは無力である。イスラエルは、決し
てハマスと対話しようと試みなかったし、820人のパレスチナ人の死
者と13人のイスラエル人の死者が、これを物語っているし、政府は今
日まで、具体的な戦争目的をしぼっていない。

 イスラム教徒のゲリラに対する戦闘に際し、イスラエルは国際的な停
戦の呼びかけに対して鈍感だ。この国とその政治家たちは内に閉じこも
り、ために批判は跳ね返されてしまっている。陸海空軍の容赦のない投
入をイスラエルは正当だとみなしている。

 彼らの民間人の戦争犠牲者への憐憫の情の欠落には恐るべきものがあ
る。それは、イスラエルが孤立さされていると感じ、自分以外は誰をも
信じないことに由来しているのかもしれない。ある将校は、「軍は『非
常に暴力的』で、どのような手段にも怯えることはない、兵士の命を守
ることはパレスチナ市民よりも重要であるからだ」と認めている。こう
して、イスラエルのハマスに対する戦争は、また民間人住民に対する戦
争にもなっている。際限のない苦難は、すでに際限のない憎悪を呼び起
こしている。これがもたらす損害は量り難いものだ。

 イスラエルはこのことをを自覚しているが、にもかかわらず他の逃げ
道を知らない。国際的な批判に対するこのようなイスラエルの単独行
動、頑固さと感覚麻痺にはさらに別の理由がある;イスラエルはガザ地
区でイランに対する代理戦争を行っているのだ。

 ガザ地区のハマスとレバノンのヒスボラの民兵はイランの前哨だ。イ
スラエルのガザ戦争とは、アメリカの援助無しでもイランの核施設を攻
撃するであろうとの、イスラエルのテヘランへの血まみれの警告でもあ
る(訳注)。エルサレムでは、ハマスの件と同様に、イランに関しても
孤立しているとの感情が宣言されている。

 イスラエルは国際的な国家共同体の試みが失敗をしたと見ている。警
告や制裁措置を無視してイランは、核計画を不動に継続している。イス
ラエルは、そこに存在を脅かす大きな危機があると見る。イランを核兵
器保持から切り離す成果をもたらしていない西側世界の試みが、イスラ
エルをして、その生存をかけて闘かわねばならないと頑強にしている。

 バラク・オバマ次期アメリカ大統領が、テヘランと外交的な対話を始
めたいとしていることが、エルサレムでは驚愕をもって受け止められ
た。そこで、政府は大統領政権移行期間の危険な政治的真空期間を利用
して、ハマスに対する戦争へと踏み込んだ。これはまた、テヘランに対
する宣戦布告としても解釈出来るのである。

 世界中で反ユダヤ主義と反イスラエルの潮流の強化を促しているガザ
戦争が無意味であることは、ハマステロリストのロケット攻撃が継続し
ているところに現れている。イスラエルがハマスを壊滅できると信じる
のはナイーブである。彼らの戦闘員はイスラエルの部隊を恐れはしな
い。なぜなら死は殉教として美化されているからだ。

 ハマスにとっては、存在するためにイスラエルの戦争が必要だ。イス
ラエルは、これまでハマスに対する闘いで最も重要な武器を投入してい
ない;すなわち、言葉、折衝、外交、境界の開放だ。しかしながら遅か
れ早かれ交渉はなされなければならない。願わくば早期に。

(訳注)イスラエルが昨年、ブッシュ政権に対して、イランの核施設を
破壊する軍事協力を要請したが、拒絶されたとの11日付ニューヨーク
タイムスの報道がある。なおHPにある文中の小見出しは、新聞掲載記事
には無いため訳出していない。

(『南ドイツ新聞』2009年1月12日掲載記事、訳責;梶村太一郎)

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2009年1月12日月曜日

メディアとガザ報道/DAYS JAPANブログをご覧下さい。

--DAYS JAPANブログをご覧下さい。イスラエルのガザへの爆撃について、報道のあり方、その背景について分かりやすく書いてあります。写真報道誌DAYS JAPANの公式ブログです。

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ホーチミン市27度c

 ホーチミン市は朝晩は寒くなって来ました。
朝方などは体に何か掛ける物がないと寒くて目が覚めます。

おかげで軽い風邪の症状になりました。
数日前に少し寒気がするなと思っていると、鼻が少しぐずぐずな感じです。
日曜日は一日中、外に出ないで室内でゴロゴロして休養としました。

今日も昼からは室内でDVDを見たりで休養・・・。

今日の空は太陽が出ないどんよりとした天気です。
先ほどネットで気温をチエックすると、ホーチミン市が27度C、ダラットは24度C、ハノイは?20度C!おー寒いな!

この時期が一番寒いのだろうか?



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「わたし達は皆、ガザとともにある」シンディ・シーハン

転送・転載歓迎。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下転送 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

Subject: 【転送・転載大歓迎】シンディ・シーハン 「わたし達は皆、ガ
ザとともにある」
From: どすのメッキー
Date: 2009/01/12 17:40

 どすのメッキーです

 たびたびBCCで失礼します。
 情報やメールが重複される方は、削除してくださることでご容赦下さい。

 年末からガザに関する情報を、知人の皆さんにお送りしてきました。
 しかし、このメッセージほど多くの人に発信したいものはありません。



 今回紹介するメッセージは、シンディ・シーハンが今年1月7日に書いた
ものです。微力ながら、彼女の熱い思いが伝わるよう精一杯訳しました。わ
たしは、彼女をカリスマ化して思考停止する風潮に反対してきましたが、ガ
ザに関する彼女の文章を読むと、運動家としてまさに類稀な資質、それは他
人の痛みを我がことのように感じ、断固として何者をも恐れず、そして緻密
な戦略をたてて行動するすべてにおいて、傑出したものを感じずにはいられ
ません。


 このメッセージで、彼女とともに泣き、怒り、そして胸を張りましょう。

「わたし達は皆、ガザとともにある」


【転送連載熱烈歓迎】
*************************************************************
■わたし達は皆ガザとともにある
【We are all Gazans】
(By Cindy Sheehan, 7/Jan./2009)
http://www.afterdowningstreet.org/node/38750


 これを書きながら、私の目は真っ赤にはれています。

 血だらけの赤ちゃんや体に障がいを負った子ども、そして母親や父親が嘆
き悲しんでいる写真を見るのは耐えられないことです。

 ヤハウエの「神に選ばれし」国防軍は、2か所の国連避難所を爆撃しまし
た。イスラエルは、そこが避難所として使われていることを知っていなが
ら、(GPS座標を提供した国連は、それほど彼らを信用していたのかし
ら?)学校を破壊しました。ガザの数十人の無辜の人々が殺されました。イ
スラエルは、ハマスが学校をロケット発射場に使っていたという便利な言い
訳をしましたが、それは国連が否定しています。

「大統領はいつもひとりだけだ」と言ったナントカさん(【訳註】オバマ次
期大統領のこと!)は「わたしは戦争自体否定しない。愚かな戦争に反対す
るだけだ」と言ったでしょう。あなたは、今ガザで行われているテロ行為に
コメントするのを頑なに拒否したけれど、わたし達は、あなたが2008年
7月にエルサレムを訪れた時、どちらの側に重きを置いてイスラエル大統領
シモン・ペレスに話したかを知っている。南部イスラエルのスデロト、そこ
もイスラエルの大部分と同じようにもともとパレスチナ領土ですけどね、そ
こであなたはペレスに「あなたのおかげで、イスラエルが建国して60年で
奇跡が花開きました」と語って、ハマスの貧弱なロケット弾からイスラエル
が自衛する権利にお墨付きを与えたわね。ナントカさんに伝えましょう「わ
たし達は、あなたがイスラエルを大好きで、ずっと以前から、アメリカ・イ
スラエル公共問題委員会(AIPEC【訳註】米国の最も強力なロビー団体
のひとつ。アメリカ-イスラエルの強固な関係を維持することを目的とす
る)と軍事で徒党を組んでいるアメリカ・イスラエル帝国の言いなりだって
知ってるの。でも、パレスチナの赤ちゃんはガザからロケット弾を放ったり
しないわ」

 私はここで、オバマに言いたい。戦争は愚かではありません。戦争は「邪
悪」なのです! ここアメリカの貧しい黒人に対する戦争から、アメリカと
イスラエルががアラブの人々を侵略するために行った虐殺まで、あらゆる戦
争が邪悪です。戦争と言うものは、例外なく、完全に、絶対的に、議論の余
地なくむごたらしく、邪悪なのです。アメリカ議会も、イスラエル議会も、
そしてそれぞれの政権も、死と破壊を求めて、乱暴で極端な人種差別主義者
が羽を休める止まり木かもしれません。洞察にとんだ「チェンジ」にも、積
極的な「チェンジ」にもわたし達は全く「希望」が持てません。

 ジョージ・ブッシュはいつも死と破壊を推し進めて、共和党と民主党が戦
争マシーンに忠誠を誓えば満足する役立たずの愚か者です。彼は最終的にい
なくなり、それは大歓迎なのですが、経済に関わるブレインが納得できると
いうだけで、次の政権を歓迎していいのでしょうか。次の大統領は、ガザの
無力で無抵抗な人を弁護する段になると、驚くべきすばやさと光のスピード
で責任逃れに走ってしまうのです。

 殺される赤ちゃんや子ども、そしてその他の純潔な人達が、貪欲で残忍な
アメリカ・イスラエル政府の対価を払わされていると思うと、気が狂いそう
です。わたしは、虐殺を前に、そして、私の仲間と多くの「平和」運動が、
シオニストの次の戦争モンスターに「チェンジ」を期待しているの見ると、
深い無力感でいっぱいになります。そう、叫びたい「ナンセンス!」と。

 イスラエルはガザの住民を虐殺し続けています。医師にどんな薬も必要な
物資も届かない状態では、数百人いえもっと多くの人達が死に、数千人以上
の人が傷つけられるでしょう。そして、オバマがこれ以上沈黙しているな
ら、数万人が恐怖に取り残され、飢えに苦しみ続けるのです。沈黙は共犯と
同じです。わたし達が似非リーダーに追従するなら、わたし達も共犯者です。

 わたし達に何ができるのでしょう。税金を支払う日が近づいている。あな
たが支払った税金は、あなたが若い人でも、年老いた人でも、支払い始めて
からずっと死と破壊に使われています。あなたが汗水流して稼いだお金がガ
ザやイラクやアフガンの赤ちゃんを殺すのに使われているのを知りながら、
夜すやすやと眠れる? わたしはもうめったに熟睡できません。わたしもア
メリカ・イスラエル戦争マシーンに税金で資金を提供しているからばかりで
はないのですが。

 わたしは、サンフランシスコの議員に、イスラエルの会社の株と投資を剥
奪するよう呼びかける積もりです。すべてのパレスチナ人への暴力的なアパ
ルトヘイトを止めなければなりません。そして、南アフリカで実現したよう
に、多くの保守的なイスラエル人とともに、公正で人道主義に根ざした解決
策が経済的に推し進められなければなりません。あなたも、あなたの住む町
で同じような運動を始めるか、すでに始まっていればそこに加わってください。

 わたし達が選んだ公務員に人道主義に基づいた行動をとらせるためには、
組織化され、抜け目ない抗議運動をしなければなりません。アメリカ・イス
ラエル公共問題委員会は、政府立法を親イスラエルにさせるため無制限とも
思える資金と影響力を持っています。わたし達の連邦公務員の多くが
AIPACに買収されているのですから。

 わたし達が正当な怒りを表し、ファシスト政府に道徳的な水を運び、声を
そろえて平和と正義を叫ぶまで、これ以上赤ちゃんの犠牲を増やすべきでは
ありません。

 ガザ地区の住民は、アメリカ製の飛行機からアメリカ製の爆弾を落とされ
て組織的に殺されています。アメリカ製のヘリコプターからアメリカ製の機
関銃で機銃掃射されているのです。止められるのは、まさにわたし達なのです。


(仮訳どすのメッキー 11/Jan./2009)
************************************************************

 "One President at a Time" というオバマ氏の表現は、すでにイデオム化
していますが、日本では最近になって(ハワイから帰ってきた)彼が就任後
パレスチナ問題を重視すると発言したこと「だけ」を捉えて、愚かな期待を
しています。言いたくもないわたしの地元の空騒ぎは論外としても、日本の
オバマ熱は異常でしょう。

 上訳中の「『大統領はいつもひとりだけだ』と言ったナントカさん」の原
文は"Mr."One President at a Time""です。周囲がどれだけ浮ついても、シ
ンディの視点はぶれません。オバマは、日本で言えば小泉に似たプレゼンの
上手い政治家だと見ていますが、シンディの言葉の真実を前にすると、その
空虚さが際立ってきます。

 感謝と尊敬をこめて。



11/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"も見てください。
http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/


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2009年1月11日日曜日

12時間に及ぶ大規模なラファ空爆

******以下、転送・転載可******

12時間に及ぶ大規模なラファ空爆

ISMプレスリリース
ガザ、2009年1月7日


ガザ地区最南端の町、ラファで活動を続けているISMボランティア、ジェ
ニー・リネル(イギリス)が伝えてきたところでは、ラファでのイスラエ
ルの攻撃は激化の一途をたどっている。

「1月6日の夜、日付が変わる直前にミサイルの雨が襲いかかってきまし
た。今回のイスラエルの虐殺行為が始まってから最大規模の空爆で、波状
攻撃が12時間以上続きました。被害を受けた家は数えきれません。エジプ
トとのボーダー沿いの一帯が特にひどい状態です」

ラファに住むISM活動家のフィーダ・キシュタによると、

「その前に飛行機から一帯にビラがまかれて、それには、シー・ストリー
ト──シー・ストリートはボーダーと平行に走っているラファのメインスト
リートなんですが、その道路とボーダーラインの間に住んでいる者は全員
家から退去するようにと書いてありました。指定された地域は何百メート
ルもの幅があって、何千軒も家があります。この一帯はほとんどが難民
キャンプで、住民はまたも家を追い出されることになったわけです。2003
年と2004年に軍用のD-9ブルドーザーを使ったイスラエルによる大規模の
家屋破壊があった時から数えると、3度め4度めという人もいます。

家を出ろと命令されたわけですが、家を出ても攻撃されます。ガザに安全
な場所などどこにもありません。いったい、どこに行けばいいんでしょ
う。ジャバリヤのUNRWAの学校で大勢が殺されたというニュースが入っ
て、地元のUNRWA学校に避難するのも怖いし、車で逃げるのも、シンワル
一家のように、途中でミサイルの直撃を受けるのが怖い……ということで、
みな、とりあえず、ラファの別の地区に住んでいる友達や知り合いや親戚
の家に身を寄せています」

ジェニーが続けて、

「ボーダーに面したイブナ地区に住んでいる友人は家を離れようとしませ
ん。アル・ブラジル地区の女性に声をかけたら、12人家族で、どこに行け
ばいいかわからない、また、ブロックJの別の女性は今夜は路上で過ごす
つもりだ、と言いました。お父さんは90歳を超えているそうです。この人
たちには、街の反対側にある、ISMのメンバーが滞在している家に来ても
らいました。今晩、ここで過ごしてもらう人たちはほかに3家族います。
興奮した話し声と大勢の子供たちで、すごいことになっています。パレス
チナの人たちはもう長い間、間に合わせでやっていく能力を身につけてき
たけれど、これからどうなるかまったくわからないという不安からのがれ
る方法はありません……」

2002年、ラファで、エジプトとのボーダー沿いの数百軒の家が破壊され
た。これについて、イスラエル軍OC南部統括本部の元司令官ヨム・トヴ・
サミアは、2002年1月16日の「ボイス・オブ・イスラエル」のインタ
ビューに、断定的な口調でこう答えている。

「これらの家は、もっと昔に破壊・撤去されてしかるべきだった。ラファ
のボーダーは通常の国境ではない。今のままでは、ここを防衛することは
できない。ボーダーから両側300メートルにわたる地域は、完全に無人地
帯にしなければならない。300メートルだ。何軒家があろうとも。以上」

今回のラファのボーダー地域への波状攻撃、徹底的な破壊は、イスラエル
軍OC南部統括本部の元司令官が7年前に述べた「幅600メートルの緩衝地
帯」が目的ではないかと思われる。

ISMのメディア・コーディネーター、アダム・テイラーは、こう述べてい
る。

「イスラエルは、ガザの包囲をさらに効果的にするために、ラファに緩衝
地帯が欲しいと考えています。エジプトとのボーダーに掘られた地下トン
ネルは、延々と続けられてきたイスラエルによる封鎖の間、ガザのライフ
ラインとなり、イスラエルがガザ地区に持ち込むことを禁じた燃料や医薬
品など、住民にとって絶対的に必要な物資を運び込む唯一のルートとして
機能してきました。占領下にあるラファの住民の個人的な所有地に対する
今回の大規模破壊は、軍事上の必要性に基づくものではありません。ひと
つの戦争犯罪をより大きなものにしていくために、新たな戦争犯罪が行な
われているのです。これは国際法で禁じられた集団懲罰です」

・・・

The Demolition of Rafah

ISM Press Release
January 7, 2009

原文:http://palsolidarity.org/2009/01/3792

ISM(国際連帯運動)サイト:http://palsolidarity.org/

翻訳:山田和子

******
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昨晩の空襲は70回以上、/ガザ攻撃15日目

転載記事

攻撃15日目、フランスのUrgenca Gaza(緊急ガザ)のHPによれば、
これまでの死者は854名、うち子ども275名、女性100名、負傷者3681名、
危篤400名。
http://www.urgence-gaza.com/index.php?option=com_frontpage&Itemid=1

以下、ガザのアブデルワーヘド教授のメールを転送します。


****** 転送・転載歓迎 ***********

【メールその31】
日時:2009年1月10日(土)20:31

件名:ガザ攻撃15日目



どこもかしこも死で覆われている。昨晩の空襲は70回以上、さらに

今日は30回!これらの空襲で何百人もの子どもたち、女性たちが死んだ!

あなたがたには想像できるまい、このすさまじい破壊の姿を。人々は

継続する爆撃になす術もない。爆撃された建物の瓦礫の下敷きになって、

一家全滅した家族がいくつもある!



複数の戦車がガザ市に向かってゆっくりと移動している。夜はただひたすら恐ろしく、


夜明けの光を目にすると子どもたちは歓喜の声を上げる!子どもたちは続けて

何時間も眠ることができない。こっちで空襲、あっちで砲撃、遠くで激しい機関銃

の音という状況なのだから。今、F16が私たちの頭上を飛んでいる。




ガザ市全体が食糧難に陥っている;当然のことながら果物や野菜などまったくない。

電気と水の状況も依然、ひどい。今日、ガザのいくつかの地域で2時間、電気が

供給された!ガザは人道的・環境的危機の限界にある!健康をめぐる状況も

貧弱な病院も崩壊しつつある!時折、自分のまわりで起きていることをことばに

できなくなることがある!



アブデルワーヘド教授

ガザ・アル=アズハル大学

教養・人文学部英語学科



Sent: Sunday, January 11, 2009 3:31 AM

Subject: Attack on Gaza - Day 15



Death is everywhere. More than 70 air raids last night + 30

ir raids today! Hundreds of children and women died in the

raids! You cannot imagine the havoc and destruction.

People are unable to cope with the ongoings of the bombing.

Whole families were killed under the rubble of bombed buildings!



Tanks move slowly towards the city. Night is horrendous and

children express jubilation to see day light at dawn! They can

hadly sleep for continuous hours with raids here, shelling there

and heavy machine guns in the distance. Now, an F16 is flying

over our heads.



The whole city suffers food problem; of course, there are no fruits

and vegetables at all. Situation of electricity and water are still bad.

Today, some areas in Gaza received electric power for two hours!

Gaza is on the verge of humanitarian and environmental crises!

Health situation and poor hospitals are collapsing! Sometimes one

cannot express what's going on around him!



Prof. Abdelwahed

department of English

faculty of Arts and Humanities

al-Azhar university of Gaza



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2009年1月10日土曜日

仕事辞めたの、何日働いた?

 ダラット旅行を一緒にした元日本語学校の学生の一人が、
12月31日から仕事が見つかり働き出した。

その仕事先は1区の中心街で観光客を相手にお土産品を売る店だった。

日本人観光客が来るので日本語ができるベトナム人を揃えているらしい。店長は元研修生で日本へ行ったことがあるとのこと。その経験を生かしてお店を開いたのか?と想像していた。

だから、その店で働き出したので1日の昼の食事会にも彼女は参加できず仕事が終わってから駆けつけた。

その時に少し職場のことを聞いたのだが「店長はうるさい人です。給料は安いから言えません。」とのことだった。

しかし、それから1週間も経たないのに、彼女は今田舎に帰っています。仕事は辞めました。と噂を聞いた。

え!もう辞めたの!何日働いたの?

その彼女が田舎からHCMへ帰っていて、お互いの共通の友人宅へ行こうと誘われたので同行した。
バイクの後ろに乗りながら少し話しを聞いた。

辞めた理由は、店長が色々とうるさく言うので怒って辞めたとのことだった。

バイクに乗りながらの話しで、細かいことは聞けなかったが、どんなやりとりがあったのだろう?

その彼女は、のんきに見えてもけっこう気が強くて短気なのかもしれない。

ところで、その店の給料は200万ドン(約1万3千円)位だったらしい。

毎日朝8時から午後3時までの勤務で休みは1ヶ月に1日だけだと言っていた。

それで上記の給料が安いかどうかは私には分からない。


一方で、同じ日本語を使う仕事でも、ある小さな日系の会社で秘書兼通訳で働いていたベトナム人女性の例では、休日は1週間に一日はある。給料は25000円位だったが、最近転職した。同じように会社内での通訳の仕事らしいが給料は二倍くらいになるらしい。年末に前の会社を辞めて新年から次の会社で働き出した。
この例は転職によってステップアップした例だ。

ただし、日本語ができると言っても上記の例ではレベルが違う。お店を辞めたベトナム人は日本語検定の二級ぐらい、通訳の方は一級の実力がある。
この差はやはり大きいなと思うが、ベトナム人で5万円位の給料は高額ではないかと思う。

どなたかのブログで、ベトナムの警察官の給料は1万円位で安いのでベトナム人を交通違反で捕まえては賄賂を取っているとのことだった。一万円とは安いなと思うが、そうかも知れない。日本も昔は公務員の給料は安い時代があった。

上記のお店を辞めた女性から「どう思いますか?」とコメントを求められたが、返事に窮してしまった。日本人だったら何かを言えたが、ここは文化習慣の違うベトナムです。

帰りのバイク上での話し。
「人生は苦しいことが多いですね。」とその彼女が言うのである。彼女は彼女なりに苦しんでいるのだ!と思う。

その時も気の効いた返事はできなかった。
「いや、まだ若いから頑張ればこれから楽しい事が一杯あるよ。」としか言えなかった・・・。

どこまで理解してくれただろうか。





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ガザ攻撃13日目/パレスチナ

転送転載歓迎
・・・・・・・・・・・・・・・・・
救急医に対する攻撃も続いています。


【メールその30】
日時:2009年1月8日 19:06
件名: ガザ攻撃13日目

30分前、2基のミサイルが自宅近所のアパートを狙い撃ちした;ぞっとして生きた心地が
しなかった;子どもたちは恐怖で泣きわめいた!子どもたちをふつうの生活の雰囲気で

包んでやりたくて、私はいっしょにトランプ遊びをした。この爆発で男性二人が亡くなったほか
二人が負傷した。初日に、予防安全機構の一群の建物に対する最初の攻撃で4人が
殺されたのと同じ場所だ。

昨夜のガザはほんとうに身も凍る思いだった。60回以上の空襲があり、
加えて戦車や大砲による止むことない砲撃があたり一帯ところかまわずあった!
ガザではいついかなる瞬間においても安全な場所などどこにもない!
この間、私たちが経験している身の毛のよだつ恐怖を言葉では言い表せない。
なかでも昨夜は、もっとも苛烈な晩のひとつだった。昼間であろうと夜寝ている
ときであろうと、静かな瞬間などないのだ!

ラファでは80軒の家々が複数のヘリコプターによって攻撃された!
ハーン・ユーヌスのほかの地域、アル=マガーズィ難民キャンプ、アル=
ブレイジュ難民キャンプ、ジャバリーヤ村、ビーチ難民キャンプでも散発的に
狙われたところがあった。死者の数はうなぎのぼりで今日だけで30人以上が死んだ。
負傷者は言うまでもない。死者のなかには、UNRWAのトラック運転手もいる。
彼は車もろとも攻撃に見舞われた。これまでのところ10名もの救急医が
他の命を救おうとするさなか落命している!死者の数は一挙に800人代に、
負傷者は3100人以上に達した。ガザの病院の貧弱な設備では、これらの負傷者を
手当することなどできない。

Half an hour back, two missles targeted an apartment nearby my home; it was
horrible and deadly; my children cried out of fear! I was plying cards with
my children to put them in an atmosphere of normal life. In the blast, two
men died and two others injured. Its the same place where 4 people killed in
day one with the first attack on the preventive security aparatus compound.
In Gaza, last night was so horrible with more than 60 air raids, added to
non-stop tanks and artillery shelling to different places everywhere! No
place is safe at any moment in Gaza! Words stand short from descirbing the
horrors we have been through those days. Last night was one of the toughest!
There was no moment of quiteness in the daytime or sleep at night!
In Rafah, 80 homes were hit by heliocapters! There were sporadic targetings
of other parts in Khan Younis, Al-Maghazi refugee camp, Al-Buraij refugee
camp. Jabalia village, Beach refugee camp. The death toll ! is on the rise
with more than 30 died today let alone the injured. Among the dead was an
UNRWA truck driver as his truck was hit too. Another UNRWA employee was
injured. So far 10 paramedics lost their lives while working to save lives
of others! Death tool jumps up to 800 anf the injured to more than 3100.
Gaza poorly equipped hospitals are unable to manage those casulties.


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2009年1月9日金曜日

母親の遺体とともに見つかったガザの子ども達

転送・転載歓迎。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下、転送 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

件名:【転送転載歓迎】母親の遺体とともに見つかったガザの子ども達
差出人:どすのメッキー
送信日時:2009/01/09/22:43

どすのメッキーです。


 世界で最も勇敢な組織は、国際赤十字委員会(と赤新月社)、と国境なき
医師団だとよく言われます。彼らは、誰よりも早く戦場や被災地に駆けつ
け、一番最後に撤退する、と。

 しかし、イスラエルは、ガザ地区への赤十字(と赤新月社)の立ち入り
も、ジャーナリストの立ち入りも妨害し続けています。

 国連の赤坂清隆広報局長は8日、イスラエルの大使へ書簡を渡し「客観的
で事実に基づいた情報を得ることはどんな時でも不可欠な重要性があり、今
のような緊急事態では特に重要な役割がある」とし、国際メディアがガザに
速やかに入ることを保証するよう、イスラエル政府に要請しました。赤坂氏
は、国際メディアがガザに立ち入ることを許されていない、という海外報道
協会からの訴えを受け、事実を知ることは世界人権宣言第19条でも明記さ
れた基本的権利だ、と強調しました。

 人道に十分配慮していると言い張るイスラエル軍が、報道に目隠しをした
新しいゲットー(ベネズエラのチャベス大統領は、新しいホロコーストであ
り、イスラエルとアメリカは国際法廷で裁かれるべきだ、と述べました)で
何をしているのか、NYタイムズのこの記事を読んだだけでも、戦慄を覚え
ます。中立をモットーとする国際赤十字委員会が紛争の一方の当事者をこれ
ほど明確に非難するのは、極めて異例です。

 日本のメディアでも一部報道されていますが、詳しい記事を全訳で紹介し
ます。

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■母親の遺体とともに見つかったガザの子ども達
【Gaza Children Found With Mothers’ Corpses】
 http://www.nytimes.com/2009/01/09/world/middleeast/09redcross.html
(8/Jan./2009 by ALAN COWELL NY Times)

 国際赤十字委員会は、木曜日に「衝撃的な」場面に出会ったと述べまし
た。赤十字委員会の代表が、イスラエルの砲弾で打ち壊されたガザの一部に
初めて足を踏み入れたとき、小さな子ども達が母親の遺体に寄り添っている
のを。赤十字委員会は、戦闘地域において負傷した人を保護する義務に違反
しているとイスラエルを非難しました。

 この非難に対し、イスラエル軍は直接のコメントを控えています。イスラ
エルは声明で故意に「パレスチナの民間人を人間の盾として」利用している
として、ガザの敵対者ハマスを非難しています。そして、イスラエルの陸軍
は「戦闘中でも、市民が支援を受け取れるように、国際救援組織と密接に協
力して働いている」と述べました。

 イスラエル軍は、声明で「決して故意に民間人を狙ったりはしないし、作
戦を中断してでも民間人の命を救い、無実の市民を支援するために負傷の危
険まで冒す意欲を見せている」と述べ、「いかなる深刻な申し立ても、いっ
たん正式にそのような苦情を受ければ、現在の軍事行動の制約の中で、適正
に調査される必要がある」と断言しました。

 ジュネーブにある国際赤十字委員会本部は、ガザ西部のZeitounの被害を
受けた地域に立ち入ることを土曜日から求め続けていたのに、イスラエル当
局が許可したのは水曜日、まさに人道的見地からガザに対する3時間の攻撃
中止を受け容れた初日だけだった、と例を見ない厳しさで批判しました。

 声明によれば、水曜日、赤十字が同行したパレスチナ赤新月委員会の4台
の救急車が、Zeitounに向かったところ、そこの家々のひとつで「4人の幼
い子ども達が亡くなった彼らの母親に寄り添っているのを見つけました。子
ども達はあまりに衰弱していたので、立ち上がることもできなかったので
す。また、成人の男性一人が生きてはいるもののやはりたつこともできない
くらい衰弱していました。マットレスの上には少なくとも12人の遺体が横
たわっていました」

 救援隊の声明は続きます。「別の家では、負傷者を含む15人の生存者を
見つけました。また別の家では、さらに3人の遺体を見つけました。この家
からおよそ80m離れた地点で任務についていたイスラエル兵は、その場所
は立ち入り禁止だと救援隊に立ち退くよう命令しました。他のいくつかの場
所でも、2台の戦車とイスラエル国防軍が近くにいました」

 イスラエル軍が塹壕を掘ったため救急車が目的地に入ることができず、
「子どもや負傷者を救急車まで補助カートで運ばなければなりませんでし
た」と声明は述べました。

 声明は、事態を「衝撃的」と表現したの国際赤十字委員会のイスラエルと
パレスチナ地域代表Pierre Wettach氏の言葉を引用しました。

「イスラエル軍が状況に気付いていたのは間違いありませんが、彼らは負傷
者を放置しました。イスラエル軍は、わたし達にもパレスチナ赤新月社にも
負傷者の救助を認めませんでした」

 国際赤十字委員会は声明で「この場合、イスラエル軍は負傷者を保護して
避難させる国際人道法下の義務を果たさなかったと考えます。救助の遅れは
決して許されません」と述べました。

(仮訳 どすのメッキー 9/Jan./2009)
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 国境なき医師団は設備も電力もままならない現地で、24時間体制で、す
べてをなげうった努力を続けています。しかし、イスラエル軍の攻撃と封鎖
が、これ以上続けば、彼らにも限界がきます。

 http://www.msf.or.jp/news/2009/01/1567.php

 UNRWAも一時撤退を余儀なくされた今、即時停戦の声は一瞬も緩める
ことができない状態になっています。


9/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"
http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/


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わたし達は、数字以外の何ものでもない/ガザ、パレスチナ

転送・転載歓迎。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下、転送 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

件名:【転送転載歓迎】わたし達は、数字以外の何ものでもない
差出人:どすのメッキー
送信日時:2009/01/08/22:19

 どすのメッキーです。



 イスラエルは7日、ハマスが実効支配するガザへの攻撃を、住民への人道
物資搬入を目的に1日3時間中断する調停案を受諾したとされました。国連
もこれは不充分ながら重要なステップと歓迎していたのですが、開始後わず
か数分で、停戦は崩壊してしまいました。それまでの多くの人の話し合いの
努力が一瞬にして反故にされました。

 このような状況下で、UNRWAのサイトに連載された手紙は書かれてい
ます。

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■ガザからの手紙(18)「生きることも死ぬことも無意味だ」
【Letters from Gaza (18)/From a meaningless life to a meaningless
death】
 http://www.un.org/unrwa/refugees/stories/lfg/LFG_18.html
(UNRWA 6/Jan,/2009)

 わたしが覚えている空はまだ青い。この3日間、わたしは空を見ていませ
んでした。冬の晴れた日に空がどんなに美しいか、もう少しで忘れるところ
でした。浜辺を歩いて平和を楽しめたらどんなにいいか。

 3日前、わたしは、夫と子ども達と一緒に、夫の家族の家へ引っ越しまし
た。浜辺のアパートから見る景色は素晴らしかったけれど、子ども達が夜中
に大きな爆発の音に目を覚まして、怯えて泣いたりする事がないよう、安全
な場所を見つけようと思ったのです。わたしは、明日が今日よりもよくなっ
て、安心できると子ども達に約束することができません。子ども達は、いつ
こんな暮らしが終わって、子どもらしい普通の生活に戻れるのか、もう尋ね
るのをやめてしまいました。

 イスラエルがますます暴力的で邪悪になっていく以外、見るものは変わり
ません。彼らがガザの市民に戦争をしかけてから、わたし達は、一切の楽し
みを棄ててしまいました。わたしも、子ども達も、イスラエルの戦争マシー
ンが絶え間なく爆撃する音に我慢できません。夜はもっとひどい。F16が
爆弾を落とす音を聞きたくないので、子どもはとても早く床につくようにな
りました。ミサイルが命中する直前の風切音がどんなに恐ろしいものか、想
像もできないでしょう。自分が標的だと感じるたびに、命中するまで何秒か
数える恐ろしさを。家族みんなが無事で目が覚めたら、皆でアラーに感謝す
るだけです。もう1日生きられる、と!

 わたしは、人々がどんなに戦争を憎んでいるか、人々の心と魂に残ってい
るあらゆる痛みについて、話すのをよく聞いたものです。戦争はとても残酷
です。わたし達パレスチナ難民は、戦争の酷さを何度も体験しました。それ
でも今回ほどではありませんでした。子どもや、お年寄り、何の罪もない胎
児にさえ、何の慈悲もありません。イスラエルは、わたし達はすべて区別な
く犯罪者であり、死ぬに値すると考えているのです。

 わたしは、戦争が終わるのをもう期待していません。子ども達は、ニュー
スで報道された映像を見てから、ものを感じることをやめてしまいました。
子ども達も、多くの家族も、皆、イスラエルの憎しみと残忍さの犠牲者で
す。人生は、わたし達にとってだけでなく、子ども達にとっても意味がなく
なりました。わたし達は、ただ犠牲者のリストに付け加えられるのを待って
いるだけです。そう、数字以外の何ものでもないのです。

 わたし達の残された希望は、家族揃って死ぬことだけです。わたし達の誰
も、死に別れた辛さを抱いて生きてなどいけません。

Najwa Sheikh
6/Jan./2009
Nusierat Camp, Gaza Strip

(仮訳 どすのメッキー 8/Jan./2009)
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8/Jan./2009
どすのメッキー拝。

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http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/


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え!まだ未公開だったの!ジェームズ・ボンドシリーズの第22作「007/慰めの報酬」

先に、表記の映画のDVDコピー版を見た。もちろん英語版のみで字幕も日本語訳も無い。
内容はまちがいなく下記の未公開のものだった。ただし音響効果などは何故か迫力が弱い。それと所々で短絡されているのは、DVDの容量内に収める為にカットしたようだ。
ストーリー展開は速い。いや速すぎて、私の英語力では理解できないまま次の展開になったりしてしまう。
もう一度、見なければならない。
アクション場面も生身の人間らしさが感じられて面白い。

まだ未公開だったとは!こちらではもうコピー版が出回ってるよ!しかしどうしてコピーが出来上がるのだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・
(以下はasahi,comより転載記事)
ボンド新作は復讐物語 人間ドラマの達人、マーク・フォスターが監督
2009年1月9日

ジェームズ・ボンドシリーズの第22作「007/慰めの報酬」が24日から公開される。前作「カジノ・ロワイヤル」から1時間後の設定で、愛する者を失ったボンドの復讐(ふくしゅう)の物語だ。ボンド役は前作に続きダニエル・クレイグ。人間ドラマの達人マーク・フォースター監督による初めてのアクション作品でもある。

 前作で最愛の女性を失ったボンド。彼女を操っていた闇の組織を追ってハイチに飛ぶ。そこで、同じ復讐心を抱くカミーユ(オルガ・キュリレンコ)と知り合う。

 フォースター監督は「チョコレート」「ネバーランド」など人間ドラマに定評をもつ。アクション映画はちゅうちょしたが、決断した大きな理由はクレイグの存在だった。「彼となら面白い映画を作れると思った。彼は本当にボンドを人間的に見せた」

 45年以上続く人気シリーズだが、自分らしいボンド映画を作りたかったという。「プロットよりキャラクターがストーリーを引っ張っていく。つまり物語が、ボンドの痛みや孤独感につながりながら進んでいくんだ」

 アクションにも自分なりのこだわりを見せた。競馬と屋根の上での追跡、オペラと銃撃戦、カミーユは敵の将軍と戦い、ボンドも自分の敵と戦う。アクションがパラレルに展開するのが特徴だ。

 女性諜報(ちょうほう)部員が全身オイルまみれで死んでいるシーンは、女性が全身、金粉を塗られて殺される第3作「ゴールドフィンガー」へのオマージュだ。「下品にならずにエロチックさが出せる、あのスタイルが好きだったので」


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もっとイメージを! 

【転送・転載可】

京都の岡です。
行動提案です。長文ですが、読んでください。

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もっとイメージを! 

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イスラエルによるガザ攻撃を、日本のマスメディアは、ハマースの
ロケット弾攻撃に対する報復(NHKほか)、憎悪の応酬(朝日「天声人語」)と
いった「対立」に回収・矮小化しています。

それによって報道は、実際には出口のない狭い檻に閉じ込められた150万の人間たちを
世界最新鋭の兵器で無差別に殺戮しているという、圧倒的な非対称性を隠蔽して
います。

圧倒的な非対称性はそれだけではありません。イメージについても言えます。

イスラエルは外国人ジャーナリストのガザ立ち入りを認めていません。
日本のマスメディアの特派員たちは、イスラエルで取材しています。
その結果、ハマースやヒズボッラーのロケット弾で攻撃された現場から、
破壊の映像とともに、被害者の震える肉声も紹介しながら、レポートします。
戦争を支持するユダヤ系市民の声も紹介されます。

(しかし、ユダヤ系市民を中心とした1万人の反戦デモがあり、ユダヤ系
市民自身が、この戦争の欺瞞性を告発しているという声は紹介されません。)

ガザからも、間接的に入手した映像が流されますが、病院に運ばれる
負傷者の映像などが主です。
こなごなに粉砕された建物、瓦礫の山になった建物など、集中的な爆撃による
被害の実相を伝える映像、無惨に殺されている子どもたちの姿は、
マスメディアの報道では流されません。

後者はあまりに生々しいので、放送規定にひっかかるためもあるのでしょう。
アブーグレイブの虐待でもそうでしたが、被害があまりにむごたらしいがゆえに、
その実相がマスメディアでは報道されないという逆説です。

さらに、ネットではさまざまな写真が流れていますが、クレジットの問題が
したり、撮影者が不明だったりするために、マスメディア等では、
マテリアルがあっても使えない、という場合があります。

また、ガザの人々の(文字通りの)肉声も伝えられていません。

端的に言えば、マスメディアの報道は、日本の市民が、この出来事について、
具体的な「イメージ」をもつことを妨げており、イメージをめぐる非対称性は、
この事態に対する私たちの認識や受け止め方に著しく影響を与えています。

インターネット環境にあり、ガザをめぐるさまざまな情報に触れている私たちは、
ガザからの映像にも触れています。

しかし、そうでない人たち(ネット環境にいない人たち、いても、こうした
情報の流通の外にいる人たち)が、ガザについて、マスメディアが報道しない情報、
とりわけ具体的な映像に触れるチャンスはほとんど、ありません。

そこで、「私たちにできる25の行動」に以下、追加します。

「25の行動」リストの最初に、「事実を入手し、広めよう」とありました。
いま、ネットを通じて、さまざまな情報が交換され、共有されています。
それを、

1.できるかぎりネットの外でも広めよう。
2.現場の肉声・イメージ(写真)を届けよう。

「肉声」を届ける方法については、現地の人に電話でレポートしてもらって、
その肉声を集会等で紹介する、というアイデアを先日、紹介しました。
さっそく、明日10日の大阪での集会でも、そうした試みがなされる予定です。

写真については、新聞等では誰が撮影したのか分からない写真は載せられません。
でも、市民だったら、そういうことにあまり拘束されないで、ネットで入手できる写真を
共有しあうことが可能なのではないかと思います。

共有の仕方はいろいろあると思います。

1)集会等で、スクリーンに大きく映し出して見せる。
 これはお薦めです。
 とくに破壊の光景は、ラップトップのパソコンの小さなモニターで見ても、
 その被害の実相がじゅうぶん伝わりません。

2)即席写真展をする。
 ネットからダウンロードして、印刷して、拡大カラーコピーして、
 色模造紙に張って、展示する。
 展示場所さえあれば、そんなに費用もかからず、できると思います。
 場所があれば、今日、準備して、明日からできます。
 
「平和を考える会」のやくしげさんからの情報によると、
パレスチナのマアン通信社のサイト http://www.maanimages.com
登録と1枚につき10ドルが必要とのことですが、キャプション付きで揃っており、
クレジットも明確です。オンラインですぐにできるそうです。

ガザのアブデルワーヘド教授から送られてきた100枚以上の写真が、
以下にアップされています。
http://picasaweb.google.com/tigrimpa/wLVhCF?feat=directlink

撮影者が不明なためクレジットの問題がありますが、そこはおのおの
知恵をしぼって、クリアーしてください。


おか まり

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2009年1月8日木曜日

死んだパレスチナの子どもにも名前がある

転載記事

-------- Original Message --------
Subject: 【転送転載歓迎】死んだパレスチナの子どもにも名前がある
Date: Wed, 07 Jan 2009 23:47:11 +0900
From: どすのメッキー

 どすのメッキーです。

 毎日しつこくすみません。


毎日、目を背けたくなるような映像が紹介されています。

 こともあろうに、YouTubeには、イスラエル軍が撮影した戦場の動画が、何十
件もアップされているそうです。これも、国際的な非難をかわし彼らの攻撃を正
当化するための組織的なプロパガンダのようですが、とても探してみる気にはな
れません。

 ところで、毎日戦場の映像を見たり、転送したりしているうちに。、わたし達
も慣れっこになっていませんか?胸がつぶれるような思いが伴わない呼びかけは
わたしは嫌いです。

 アメリカ在住と思われるHussam Ayloushさんのブログを見つけ、その率直で苦
悶するような文章を読み、わたしは本当に胸がつぶれそうでした。

 「死んだパレスチナの子どもにも名前がある」

 なんと重い言葉でしょう。

***************************************************

■死んだパレスチナの子どもにも名前がある
【Dead Palestinian children have names too】
(31/Dec./2008 Hussam Ayloush)
 
http://sabbah.biz/mt/archives/2008/12/31/hussam-ayloush-dead-palestinian-children-have-names-too/

 5人の子どもの父親として、パレスチナであれ、イスラエルであれ、ムスリム
であれ、ユダヤ教徒であれ、キリスト教徒であれ、その他何を信じていようと、
子どもの残酷な死を聞くたび、胸が張り裂けそうになる。子どもには罪がなく、
喜びと慈悲の象徴なのに。

 イスラエルが、3年以上、150万人のガザの人々を完全に包囲し、それを大
きなゲットーか刑務所に変えてしまったら、子ども達は傷つくに違いない。

 ハマスがそれに対し原始的な手作りのロケットをイスラエルに打ち込むことで
応じれば、子ども達はきっと危険に晒されるだろう。

 イスラエルが、人口密度の高い居住区に大量の強力なミサイルや爆弾を落とし
て、パレスチナ人に集中的な懲罰を加えたら、間違いなく子ども達は殺される。
これまで、30人近くの子ども達がこれら爆弾のせいで死に、何百いやそれ以上
が障がいを負い、体の一部を失った。

 イスラエルの子ども達が傷つくたびに、世界中が悲嘆にくれる。全くその通り
だ。世界中の人に、傷ついた子どもの名前、両親の嘆き、死をもたらした悲劇が
報道される。

 でも、パレスチナの子どもが傷つけられても、世界の誰も気に留めない。誰も
子どもの名前を語らない。子どもを愛していた両親や、兄弟、祖父母がどんなに
悲しんでいるか知らされもしない。シオニストの宣伝マシーンは、パレスチナ人
を人間じゃないと思わせるのに成功したのだ。パレスチナ人は、テロリストであ
り、殺人鬼であり、過激で、人間らしくないものとして描かれる。こういうわけ
で、そのような人たちのどれだけ多くが難民になっても、家が壊されても、土地
が奪い取られても、牢屋に入れられ、殺されたり傷つけられたりしても、平気で
いられるようになったのだ。

 パレスチナの人々、今はイスラエルとパレスチナに分けられてしまった歴史的
パレスチナに旧来住みついていた人々は、他のすべての人々と同じく、彼ら固有
の土地で自由を求めている。そして彼らは、あらゆることを犠牲にしても、自分
達が自由と尊厳を持って暮らさなければならないと、世界にずっと示してきた。

 そして、そう、死んだパレスチナの子ども達にも、生きている子ども達と同じ
ように、名前があり、両親はやはり彼らを愛しているのだ。

 以下に、過去数日間に殺されたパレスチナの子どもの写真と名前を紹介する。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

・HayaとLama Hamdanは、イスラエルのミサイル攻撃で殺された。Haya Hamdanは、
深い眠りについたが、それは彼女の両親が思い描いたものではなかった。(1、
2)

・瓦礫の下の小さな少年、Yahya Hayek。わたし達米国の政府は最近、バンカー
バスターと呼ばれる強力なミサイルをイスラエルに新しく供給した。ブッシュ政
権はまるで、痛みを長引かせないよう迅速に子ども達を殺す手伝いをしたがって
いるように見える。Yahya Hayekの祖母が、彼女の孫の遺体を確認するよう頼ま
れた。少年の遺体は、幸いまだそれが誰だか見分けがつく状態だった。彼女は、
イスラエルの指導者の思いやりと気遣いに感謝するだろう。(3、4)

・西岸のデモで掲げられたイスラエルの兵士に撃たれた少年。(5)

・まだ生後14か月の赤ん坊を含めて5人の娘を殺され、ないて嘆く父親。5人
の少女のひとりDeena Baaloushaの葬儀で。Deenaは今何を考えているのだろう。
天使のように美しい彼女の顔は、無数のことを語っている。なぜ、世界は、3年
間もイスラエルに彼女と4人の姉妹を飢えるままにさせたのだろう、そして、な
ぜ、世界はF16がミサイルで彼女たちの生命を奪うのを黙って見ていたのか。
Deenaはやっと彼女自身の安らぎの国で眠ることができた。これこそイスラエル
が言い続けている平和に違いない。(6、7、8、9)

・若いパレスチナの男性が、病院に着く前に死んだ小さい少年を運ぶ。少年にも
名前があったに違いない。両親が少年をずっと愛して、今なお愛しているのも間
違いない。多くのイスラエル人にとっては意外かもしれないが、パレスチナの親
は子どもに名前をつけ、とても愛するものなのだ。(10)

・彼の罪は、彼はイスラエル人ではないということだ。だから誰も気にかけない。
(11)

・殺された3人の少年。これでイスラエルの攻撃目標が3つ減った。(12)

(仮訳 どすのメッキー 7/Jan./2009)
***************************************************

 後半の文章は、ぜひ元のサイトも訪れて、写真を見てください。訳文の末尾カ
ッコ内の数字はオリジナルページの写真を上から順に数えた番号です。

 オリジナルページのTiny化したURLは下記です。

 http://tinyurl.com/8gjth7




 感謝と尊敬をこめて。

7/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"
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2009年1月7日水曜日

空襲下ガザからの報告/アブデルワーヘド教授

転送・転載歓迎
********************

Subject: 空襲下ガザからの報告(8)——アブデルワーヘド教授

◎なお続く地上攻撃  自家発電で命がけで世界に発信される現地の声
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世界各地で抗議の声が上がっています。その訴えが聞き届けられて、
停戦が実現するまで、あと、どれだけの爆撃と破壊と死の知らせを
私たちは受け取るのでしょうか。

ガザのアブデルワーヘド教授からのメールの邦訳です。
<邦訳: 岡真理; 凡例: (原注) [訳注]>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【メール その25】
日時:2009年1月5日(月)18:31
件名:2009年1月5日午後6時半

今日、シファー病院の発表によれば、16人の子どもと7人の女性を
含む39人の民間人が亡くなった!公式発表の死者数は540人以上
にふくれあがり、加えて負傷者は2600人!
人々の健康をめぐる状態は耐えがたく、酸鼻をきわめる。市民は
逃げ場を失い右往左往している!ガザ市内のシュジャイヤ(人口が
とくに過密な地区だ)で、妊娠中の女性が4人の娘とともに砲撃で死んだ。
私の子どもたちは、隣の建物が狙い撃ちされてから、ますます緊張と
不安を募らせている。私は努めて子どもたちに話しかけ、できるだけ
落ち着かせようとしている。しかし、実際は、航空機、ヘリコプター、
無人飛行機が大砲や戦車の砲撃に加わって、私たちは緊張を解いたり
和らげたりする暇もないのだ!


【メール その26】
日時:2009年1月5日(月)19:00
件名:ガザ 2009年1月5日

2009年1月5日午後6時。
地上攻撃の今日、イスラエルの戦車部隊はさらに多くの土地を制圧した。
イスラエルの航空機はガザ地区の30の攻撃目標を空襲した。気がかりなのは、
ゼイトゥーン地区の東部であれ他のどこであれ、自宅にとどまることのできない
市民たちのことだ。ゼイトゥーンは農業地帯で住んでいるのは農民たちだ。
彼らのうち何百人かは、ゼイトゥーン地区のなかで人口が密集した住宅地
の奥に避難することができた。

多くの民間人が、ガザ市の境界地域に対する爆撃で死んだ。
電気と水が、ガザの人間すべてにとって依然、主要な問題となっている。
発電機はまだ動くので、私はこれらのメッセージを大急ぎで書くことができる!
携帯は麻痺し、地上電話はつながらなかったり、聞き取れなかったりする
こともあるが、はっきりと聞こえることもある! 数分前、すぐ近くが空襲された。
どこだか特定できないが、恐怖におののいた。近所の建物に着弾したのだ!
ほんの3軒向こうの建物だ。犠牲者もいる!

イスラエルの航空機が照明弾を投下している。あるいは、なにか軍事目的の
ための光なのかもしれない。イスラエルは何度か、アル=アクサー衛星放送を
妨害して、反ハマースの内容を放送した。また戻ります、そうできるなら!


【メールその27】
日時:2009年1月5日(月)20:13
件名: なし

次から次へとF16による空襲が今。


【メール その28】
日時:2009年1月6日(火)13:36
件名:ガザ 1月6日12:30

昨晩、空襲はますます激しさを増した:30回以上にわたり、ビーチ難民
キャンプ東部にある保健センターをはじめ、さまざまな地点が空襲の
標的になった。4階建ての建物が1軒、F16に爆撃され、完全に破壊
された。何百人もの人々が次々に、戦闘地帯となっている市の郊外
から命からがら脱出した。彼らは市内に住む親戚を頼ったり、UNRWA
の学校に避難している。

フセイン・アル=アイディと家族(女たちと子どもたち)はいまだに、水も
食糧も電話その他いかなる生命線となる設備もないまま、一部屋に
閉じ込められたまま動くことができないでいる。家族のうち5人が何かの
爆弾の破片で負傷している。アミラ・ハス記者が、イスラエルのヘブライ語・
英語の日刊紙ハアレツで昨日、それを記事にし、今日、内容が更新された!

一方、人権のための医師団が介入して、身動きできないアル=アイディの
家族のもとにたどりつけるよう調整に努めている。救急車とおそらくいくらか
の食糧を届けようとしている。だが、これまでのところ成功していない!
戦闘のただなかにおかれて人道的〔措置を必要としている〕ケースは
ほかにもある。さらに多くの市民が戦場で身動きがとれなくなっているのだ。
死傷者の数も増加の一途だ!

【その29】
日時:2009年1月6日(火)18:06
件名:UNRWAの学校、爆撃

何千人ものパレスチナ人がUNRWAの複数の学校に避難した。
そのうち40人が今日(2009年1月6日)、空からの攻撃で殺された。

Sent: Wednesday, January 07, 2009 1:06 AM
Subject: Palestinians took refuge into UNRWA schools


Thousand of the Palestinians took refuge into UNRWA schools. 40 of those
have been killed in an air attack today (6 Jan. 2009)!


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
原文: Prof. Abdelwahed (ガザ・アル=アズハル大学
教養・人文学部英語学科) 発信の一連の電子メール
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私たちに残された最後のものを守るために/ガザ、パレスチナ

[パレスチナ] ブログ村キーワード
******以下、転載・転送可******

私たちに残された最後のものを守るために

サファ・ジューデー
エレクトロニック・インティファーダ/Live from Palestine
2009年1月5日


1月3日の夜、私たちは悟った。イスラエルの戦争大臣エフード・バラクの
言葉に正しいと言えるものがあるとしたら、それは唯一、この侵攻が長い
ものになるということだ。こちらの時間で午後9時15分、イスラエル軍は3
つの地点からガザ地区に入ってきた。F-16が上空から掩護する中、ガザ市
の東、そして、北部のジャバリヤとベイト・ラヒヤから、パレスチナの
人々が住む地域に戦車隊が進軍してきた。同じ時刻に、ガザ最南端のラ
ファにも、東南から戦車と歩兵部隊が侵入した。ガザ市のミンタル地区に
は戦車砲と大砲の砲弾が雨あられと襲いかかり、海からもガザ市に向かっ
て戦艦からの一斉砲撃が起こった。ガザ地区全域が包囲され、ミサイルと
大砲の猛烈な攻撃が続いた。

多くの住人は、地上侵攻が始まったことさえ気づかず、その間ずっと、イ
スラエル軍の空爆が激しさを増しただけだと思っていた。ガザ市はこの数
日間、停電が続いていて、どの家のラジオも電池が切れかかっていたの
だ。すでに1週間以上、ガザ市のほぼ全住民が家に閉じ込められた状態で
過ごし、開いている店など1軒もない。ニュースは口伝えで伝わってくる
話に頼るしかなく、自家発電装置を持っていて、なおかつ燃料が残ってい
るという幸運な人はごくごくわずかしかいない。

このうえなく厳しい、絶望的な状況に置かれたこの今、武器など持ってい
ない一般の人たちに猛烈な爆撃が浴びせられている。地上戦に先立つ8日
間、イスラエル軍は、完全に無防備な人々(その4分の3は女性と子供だ)
相手に、世界で最も進んだ軍事力を、システマティックに、思う存分ふる
いつづけた。気力・体力とも限界に達した状態で、住民たちは、途方もな
い喪失感と焦燥感にさいなまれながら必死に耐えている。言うまでもな
く、18カ月に及ぶ封鎖で、ガザはすでに、これ以上持ちこたえるのもほと
んど不可能な状態に追い込まれていた。

この数日間で、私たちは10以上のモスク、聖なる礼拝の場所が爆撃を受け
るのをまのあたりにした。ほとんどが、中で人々が祈りを捧げている時の
ことだった。私たちは、瓦礫の下から子供たちが引きずり出されるのをま
のあたりにした。その小さな体の中で折れていない骨はただの1本もない
ように見えた。私たちは、血まみれの死体と最後の息を引き取る人たちで
あふれかえっている病院をまのあたりにした。空爆を受けた現場で懸命の
蘇生処置を受けている友人たちの姿をTVで見た。何家族もの家族全員がミ
サイルの一撃で地面もろとも吹き飛ばされるのを見た。私たちの街が、家
が、近隣の地域一帯が、とてつもない破壊行為によって、何だったのかも
わからない瓦礫の山に変じていくのをまのあたりにしてきた。

これだけのことをやっておきながら、イスラエルは声高に、この攻撃は民
間人を対象にしたものではない、これはハマースの政治・軍事部門に対す
る戦争であると強固に言いつづけている。一方の私たち、ガザの住民は、
全員が、およそ人間に耐えられようはずもない恐怖と暴力を一身に受けつ
づけている。もしかしたら、イスラエル軍は、自分たちが作り出した妄想
を真実だと思い込むようになり、その妄想のもとに行動しているのではな
いか。そんな思いすら浮かびはじめている。

イスラエルは私たちの家に入り込み、私たちの街で私たちを攻撃し、私た
ちに向けて全開の暴虐さを発揮しつづけている。いったい、私たちは、ど
う対応するのが当然だと思われているのか?

今、ガザでは、パレスチナのすべての派が一致団結し、持てる限りの戦闘
能力を結集して、敵に立ち向かっている。その戦闘能力は、イスラエルの
軍事力に比べられるようなものでは到底ない。それでも、彼らの闘いは、
私たちに、かつてないほど強く、パレスチナの人々は自分たちのものを守
るために最後の最後まで闘うだろうという確信を与えてくれている。抵抗
と勇気と愛がパレスチナ人のアイデンティティにとって不可欠のものなの
だということを、それは、私たちが耐えている苦難がどれほどのものであ
ろうと、決して変わることはないのだということを、示してくれている。
彼らの闘いは私たちの心に力を与えてくれた。私たちが最も必要とする時
に、心を支えてくれるものが出現したのだ。

パレスチナ解放人民戦線(PFLP)のアブー・アリー・ムスタファ旅団、イ
スラーム聖戦運動のアル・クゥドス旅団、ハマースのイッズッディーン・
アル・カッサーム旅団、民衆抵抗委員会(PRC)のサラーフッディーン旅
団、ファタハのアル・アクサ殉教者旅団、このすべてが結束し、統合され
たひとつの最前線部隊として、100パーセントの危険が約束されている
中、私たちの街を、私たちの家を守るために闘っている。彼らはみな、み
ずからの死が無力な子供の死をひとつでも阻むことできるのなら、それな
ら自分は死んでもかまわないという覚悟ができている。私たちはひとつ
だ。私たちはこれまで繰り返し繰り返し苛酷な運命を受け入れてきた。し
かし、ガザの人たち(その80%は難民だ)は決して皆殺しにされるつもり
はない。圧政と強欲に導かれるままによそからやってきた連中に今一度こ
の地から追い立てられるつもりはない。

パレスチナ各派の統一レジスタンス部隊の人員が全部でどれくらいになる
のか、いろいろな数字が出されているが、おそらくは数千というところだ
ろう。一方、ガザ地区内・ガザ周囲にいるイスラエル軍は、現時点でおよ
そ3万3000。明日中には、さらに多くの予備役兵が招集されることになっ
ている。圧倒的な軍事力の差は地上部隊の人員数にとどまらない。イスラ
エル陸軍はイスラエル海軍とイスラエル空軍に掩護されている。地上部隊
には大砲があり、戦車があり、工兵隊があり、諜報機関のサポートがあ
る。イスラエル兵は最新鋭の武器と情報機器を装備している。

一方のパレスチナの戦闘員はと言うと、イスラエルの軍事力に抗して自分
自身とガザの人々を守るのに、手作りのロケット砲と最少限・最低レベル
の武器で間に合わせなければならないのだ。

この今、攻撃のただ中にあっては、現在の状況を正しく判断することも今
後を予測するのも難しい。死んだ人、怪我をした人の数も、私たちが失っ
たものがどのくらいなのかも把握するのが困難になっている。食べ物や水
や暖かさや陽の光といった、生きていくための最低限の必需品が贅沢なも
のではなかったのがいつのことだったのか、それを思い出すのさえ難し
い。今、この時点で機能しているのは、人間としての最低限の本能だけ。
愛するものを守りたいという欲求、シェルターを確保したいという欲求、
闘う本能、逃げようとする本能。私たちはもう長い間、逃げつづけてき
た。ガザは私たちの最後の避難所、今イスラエルと呼ばれているものに
取って代わられてしまったのちの、私たちの最後の家だ。このすべてが60
年前に起こった。イスラエルは、これ以上、いったい何がほしいというの
か。私たちにはもうどこにも行くところはない。イスラエルは、現在ある
国際法の条項をことごとく無視してきた。今こそ、私たち自身を守る時、
レジスタンスの時だ。

・・・

サファ・ジューデーは、アメリカのストーニー・ブルック大学で学び、修
士論文提出資格を得た。2007年9月にガザに戻り、現在はフリージャーナ
リストとして活動している。

Resisting to protect our own
Safa Joudeh writing from the occupied Gaza Strip, Live from
Palestine, 5 January 2009

原文:http://electronicintifada.net/v2/diaries.shtml

エレクトロニック・インティファーダ:
http://electronicintifada.net/new.shtml

翻訳:山田和子

******
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ガザ地区から医師の報告翻訳

『転載記事』
ーーーーーーーーーーーーー
転載、転送、自由歓迎


ガザ地区から医師の報告翻訳

 以下は中央ヨーロッパ時間の1月6日(火曜)午前9時半にドイツ紙『南
ドイツ新聞』の電子版に掲載されたものの翻訳です。インタヴューの正確な
日時が不明ですが、内容からしてガザの現地の5日(月曜)の夜中あたりだ
と思われます。ガザには外国人記者が入れないため、地上戦開始下の病院か
らの医師の報告として貴重なものと考え翻訳しました。この翻訳は「訳責;
梶村太一郎/ベルリン」と明記された上で、どしどし転送して下さって結構
です。

原文;http://www.sueddeutsche.de/politik/752/453443/text/
ここではギルベルト医師の写真も掲載されています。

以下翻訳、( )内は訳注。

ーーーーーーーーーーーー
(見出し)ガザ地区の市民犠牲者
「私たちは次から次へと切断手術を続けている」

(記事リード)イスラエルの地上進攻の開始以来市民の犠牲者の数は急増し
ている。ノルウェー人のマッズ・ギルベルトは、現在ガザ地区に滞在してい
る唯一の西側の(欧米の意味)ふたりの医師のひとり。ギルベルトはドラマ
チックな報告をした。

インタヴュー;トーマス・アウ゛ェナリウス記者

(人物解説)マッズ・ギルベルト(Mads Gilbert)61歳、は麻酔医でノル
ウェーのトロムソ大学教授。彼は新年から同僚の同僚の外科医エリク・
フォッセ(Erik Fosse)医師とともにガザ市のシーファ(Schifa)病院で手
術をしている。ふたりはNorah (原文;Norwegian Medical Solidarity
Organization Norah)の会員である。

(インタヴュー始まり)
南ドイツ新聞(以下SZ);ギルベルト博士、ガザの情況はどうですか。

マッズ・ギルベルト(以下MG);今夕の情況はドラマチック以上のものだ。
激しく爆撃されている。この48時間は大変に厳しかった。ガザ市の野菜市
場への攻撃で多数の死傷者が出た。今日病院に運ばれた210人の負傷者の
内だけでも35人が救急部門で死亡した。死者の内で18人が9歳以下の子
供たちだ。私たちは次から次へと切断手術を続けている。廊下は切断手術を
受けた患者でいっぱいだ。私はすでに手術をいくらしたか数えられない。

SZ;犠牲者のうち子供と女性はどれくらいでしょうか。

MG;今日、私はひとりの子供の手を切断手術した。この子は家族のうち11
人を失っている。私たちのところに九ヶ月の赤ん坊がいるが、この子の家族
は全員がイスラエルによって殺された。市民の犠牲者の数は急激に増加して
いる。月曜日の晩には死者は540人、負傷者は2550人だった。死者の
30パーセントと、負傷者の45パーセントが女性と子供だ。これまでで、
子供の死者は117人、負傷者は744人だ。

SZ;救助隊の作業はどんなに危険ですか。

MG;今日は救急車二台が襲撃された。二人の救助隊員が殺されたが、彼らは
狙われて攻撃されている。シーファ病院の隣のモスク(イスラム寺院)が空
襲された。そのため病院の窓ガラスがすべて割れてしまった。今は外の気温
は摂氏7度だから患者全員が震えている。医師や看護人ももちろん同じだ
が。これら全てが理解を絶することだ。

SZ;病院の職員の情況はどうでしょうか。

MG;ひとつだけ強調したい。この病院には現時点で、医師、看護人、ボラン
ティアが50人いる。私たちは爆撃音を聞きながら、負傷者を満載した車を
待っている。私はこれまでに、彼らパレスチナ人の医師たちと助手たちほど
献身的な働きをする人間を見たことがない。

SZ;あなたはハマスの戦闘員も治療しますか。

MG;その質問は適切ではない。私たちはここで医師として誰でも治療する。
わたしたちはイスラエルの兵士にもそうするだろう。しかし、私は何百人も
の患者を診たが、その内でハマスの戦闘員はたったふたりだけだった。

SZ;何が最も緊急に必要でしょうか。

MG;とりあえず緊急なのは、爆撃を停止し、イスラエルが境界の通路を開
き、食料と燃料をガザへ運ぶことだ。

SZ;あなた自身は安全ですか。

MG;150万人のパレスチナ人が、この世界最大の牢獄に閉じ込められてい
る。彼らは恐れてはいない。なぜ私たちが恐れるべきだろうか。

SZ;あなたはどのようにしてガザ地区に入り込んだのですか。

MG;私たちは元旦にラファ(Rafah)経由で入って来た。ノルウェー政府が
エジプトの指導部に非常に大きな外交圧力を掛けたのだ。そのおかげで入っ
て来れた。私はなぜ他の西側の医師たちが来ないか疑問に思っている。世界
はここで何が起こっているかを見ることが出来ない。私たちだけが西側の代
理人だ。私たちは、援助すべき医師なのだ。それと同時に私たちは世界中の
メディアに電話で情報を伝えなければならない。同僚とここへ来ていらい、
私たちは時間を忘れて働いている。あの音が聴こえますか。また爆撃されて
いる。ここで話しを終わりにしなければなりません。

(インタヴュー終わり。翻訳以上)
「訳責;梶村太一郎/ベルリン」

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2009年1月6日火曜日

「イマジン」

[ 転送・転載歓迎 ]

京都の岡です。
まずは、以下をご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=eMd6JbWzCZs

*************************

9・11の直後、NHKのFM放送で、レノンの「イマジン」のメロディが
流れてきました。
あれっ?と思ったのは、それが、アラブの伝統楽器、カーヌーンに
よるものだったから。

続いて聞こえてきたのは、女性歌手のヘブライ語による「イマジン」。
えっ!?と思って耳を澄ましていると、そのあと、男性歌手がアラビア語で。
最後は二人の英語によるデュエット。

アルジェリア出身の、世界的に有名なライの歌手、シェーブ・ハーレド
(Sheb Khaled)が、イスラエル出身のユダヤ人の女性歌手、ノアと
デュエットしたこの“イマジン”は、ハーレドのアルバム“Kenza”の4曲目
に収録されています。

しかし、同曲は9・11のあと、アルバムから削除され(実際、あの頃、
レノンの“Imagine”が、アメリカでは放送禁止になったと言われています)、

なかなか手に入りませんでした。
探し回ってようやく、9・11前に製造されたアルバムを入手しました。
(今は入手できるようです。)

"Imagine"に関しては、日本のNGOがパレスチナ人の子どもたちと
イスラエルのユダヤ人の子どもたちを日本に招聘して、舞台でいっしょに
この曲を歌わせたことを板垣雄三先生がかつて批判しておられました。

パレスチナ人にとっては、“No Country”は、想像してみる話ではなく、
この60年間、生きてきた現実そのものであり、祖国がないがゆえに、
この殺戮、この虐殺にさらされているのですから。

そのことを私たちは決して忘れてはいけないと思います。
問題の根源がどこにあるのかを決して、見誤ってはいけないと思います。

それを踏まえつつ、アラブ人歌手とユダヤ人の歌手が、アラビア語と
ヘブライ語で歌う「イマジン」に、私は、平和への希求を強く、深く、
感じます。

上で紹介したYou-chube の「イマジン」は、オリジナルのハーレドとノア
だけでなく、いろいろな国の歌手がそれぞれの言語で歌っていて、
We are the World を彷彿とさせます。

収録されたのがいつか分かりません。でも、まるで、今日のこの
事態のために、歌われているようです。何度聴いても、涙がとまりません。

年始休暇が明けて、これから各地で抗議集会、抗議デモが本格的に
組織されるのではないかと期待しています。
そのときのサウンドに使ってください。

そして、ラジオのリクエスト番組に、ハーレドの「イマジン」をリクエストしてください。
今回のガザの事態に対するあなたの意見を添えて。
これも、今すぐ私たちにできる26番目の行動だと思います。

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ベトナム語の勉強は進んでるかい?

「ベトナム語の勉強は進んでるかい?」と質問が出そうなので最近の進行状況を書きましょう。

11月に2週間フーコック島へ12月は1週間ダラットへと旅行ばかりしていたのでその間の大学での授業はお休みです。

従って、今も授業は申込んでいないので、1月末からテトの休みがあるしテト明けまでは大学での授業は受けません。

一方で私が遊んでいる時に、7月から同時に学習を始めたクラスメイトは真面目に勉強しているので、授業はかなり進んでいるようです。

この間、時々に大学内で会うと、彼ら彼女らは自信満々に「勉強してるかい?」とベトナム語で話して来ます。聞き取れない私はますます焦ります。

今では、私は他人と比較して仕方ないやと開き直り、テト明けまでは独学で行こうと思っています。

そういう訳で、今週から大学へ真面目に通い出して、昼ごろから夕方まで学内の学習室で日本語を勉強してる学生達のグループに入りながら、分からないことを聞きながらぼちぼちとマイペースでやっています。

今日も昼ごろから、夜の8時まで時々休憩や食事をしながら勉強したところです。
(内心、今日はよく勉強したな・・・と満足感ありです。)


ま、これが三日坊主に終らないようにしたいものです。

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2009年1月4日日曜日

世界平和アピール七人委員会 ガザ緊急アピール

転送・転載歓迎。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 以下転送 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

件名: [2002costarica:2769] 世界平和アピール七人委員会 ガザ緊急アピール
送信者: 池田香代子
送信日時: 2009/01/04 16:50

池田です。

世界平和アピール七人委員会は、本日、下記のアピールを発表しました。
緊急を要するため、FAX及びネットで全世界に発信しました。

転送転載歓迎です。
http://worldpeace7.jp

************************

WP7 No.97J

イスラエルによるガザへの攻撃の中止を求める緊急アピール

2009年1月4日
世界平和アピール七人委員会
委員 武者小路公秀 土山秀夫 大石芳野
井上ひさし 池田香代子 小沼通二 池内了

世界平和アピール七人委員会は、イスラエルが1967年から2005年まで占領を続け、
今日まで18ヵ月にわたり封鎖してきたガザ地区に対して、昨年12月27日から続けて
いる空爆、さらに1月3日に開始した地上戦展開の事態を深く憂慮し、以下のとおり
緊急に呼びかけます。

1 私たちは、イスラエルに対し、ガザ攻撃をただちに停止することを求めま
す。きわ
めて人口密度の高いガザ地区への攻撃が、150万人の民間人を巻き添えにしている
ことは明らかです。行政・文化教育・宗教施設や民家の破壊もさることながら、
民間病
院にも被害を与えていることは、ジュネーヴ条約に違反しています(注1)。
 さらにイスラエルの政府と軍に、国連の「占領地における人権に関する特別報
告者」
リチャード・フォーク氏のガザ地区への立ち入りを認めること、ジャーナリスト
が同地区
に入ることへの制限を撤廃すること、彼らの安全を保証することを求めます(注
2)。
 また、イスラエルの政府と軍に、負傷者の搬出・治療と避難を希望する市民の
地区
外への安全な脱出をただちに保証することを求めます。

2 私たちは、ハマス地方政府にも報復の悪循環を断つよう求めます。また、ガ
ザ地区
の市民に共感を寄せるすべての近隣諸国の政府と市民にも、一刻も早い停戦を可能
にするために自制を求めます。

3 私たちは、国連と各国政府が、ガザ地区における市民の窮状を深刻に受け止
め、
現在の惨状に対し、無条件での停戦を求め、事態の解決に向けてただちに人道的
立場
に立った紛争解決の仲介の労をとることを求めます。国連をはじめとする国際社
会は、
これまでもガザ地区における市民生活の支援に努めてきました。このたびの人道
危機
については、国連人道問題調整事務所や市民団体などが重大な関心を寄せています
(注3)。私たちは、国連と各国政府に、目下の壊滅的な市民生活への支援を
いっそう
強化することを求めます。

4 私たちは、日本がこれまで繰り返しパレスチナに行なってきた緊急人道援助
を評価
します。日本政府は、これにとどまらず、本年より安全保障理事会非常任理事国
に就任
したことを重く受け止め、フランス政府が具体的提案を行ったように、日本国憲
法にのっ
とり、和平に向けて積極的かつ具体的な尽力を行なうよう求めます(注4)。さ
らに、日本
の税金によるODAによって建設されたガザ地区の施設が破壊されている可能性が大き
いため、日本政府が状況を調査する権利を行使し、結果を公表することを要望し
ます。
被害が把握できた場合には、イスラエル政府に対して抗議すべきです。

5 私たちは、世界のすべての市民に、平和への意志をさまざまなかたちで表明
するよう
呼びかけます。


注1 「文民病院は、いかなる場合にも、攻撃してはならず、常に紛争当事国の
尊重及び
保護を受けるものとする。」(第4ジュネーヴ条約第18条 1949年)

注2 2008年12月15日、ガザ地区を訪問しようとしていた国連特別報告者リ
チャード・フォ
ーク氏は、空港に20時間留め置かれたうえでジュネーヴに強制送還された。同氏
は、ハ
マスがガザ地区を実効支配して以来、イスラエルが住民の最低の生活条件を無視
してガ
ザを封鎖していることは「人類に対する罪」の疑いがあるとして、調査のために
立ち入るこ
とを求めていた。

注3 国連人道問題調整事務所被占領パレスチナ地区オフィスは、連日のように
ガザの
深刻な状況を具体的かつ詳細に発信している。参照:Gaza Humanitarian
Situation Report 
http://www.ochaopt.org

注4 「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうち
に生存する
権利を有することを確認する。」(日本国憲法前文より)


連絡先: 小沼通二(委員・事務局長)
247-0014 横浜市栄区公田町200-9
ファクス:045-891-8386
メール: mkonuma254@m4.dion.ne.jp
URL: http://worldpeace7.jp

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「私たちはここに残る」外国パスポート保持者、ガザにとどまることを決意 

[転載記事]

転送・転載可 

********************************************

「私たちはここに残る」 
外国パスポート保持者、ガザにとどまることを決意

2009年1月2日 ガザ

*********************************************


イスラエルは外国のパスポート所持者に対し例外措置として、
安全のためガザを離れることを許可しているが、ガザにとどまり
パレスチナ人と運命をともにすることを選んだ外国人たちがいる。

アルベルト・アルケ(スペイン)は救急車に同伴して病院から報告を
続けてきた。
「イスラエルはガザの人々に対して自分たちがおかしている罪を
目撃されたくないのです。国際ジャーナリストや支援団体はここには
いません。ぼくらがガザを去ってしまったら、いったい誰が、ぼくたちが
今、目にしているこの戦争犯罪を証言するのですか。

12月28日、ぼくは、ラマとハヤー・ハムダーンの二人の姉妹の
瀕死の目を見つめました。ラマは4歳、ハヤーは12歳、二人は
イスラエルのミサイルに殺されました。ぼくがそこに認めた彼女
たちの人間性は、ぼくたちの人間性と何一つ違ってなどいない。
ぼくたちの命は彼女たちの命より価値があるのですか?」
アルベルト・アルケ——国際連帯運動

パレスチナ系南アフリカ人のハイダル・イード博士は言った。
「これは歴史的瞬間だと思う。このガザの大量虐殺は、南アフリカで
1960年に起きたシャープヴィルの大量虐殺と類似している。この
事件の結果、アパルトヘイトに対するBDS[ボイコット、投資引き上げ、
制裁]キャンペーンが始まった。

2009年のガザの大量虐殺は、イスラエルのアパルトヘイトに対する
BDSの運動をより激化させるだろう。南アフリカのアパルトヘイトでは、
BDSキャンペーンによってついにはネルソン・マンデラを監獄から
解放することに成功し、のちに彼は、民主的かつ多人種的かつ
多文化的な南アフリカ共和国の、初の黒人大統領となった。
だから、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSキャンペーンも、
すべての市民が平等に遇される一元的国家を生み出すにちがいない」

イード博士は、ガザのアル=アクサー大学の社会・文化研究の教授
である。彼はまた、イスラエルに対する学術的・文化的ボイコットの
ためのパレスチナ・キャンペーン(PAGBI)の実行委員会のメンバー
であり、「民主的一国家」 One Democratic Stateグループの創設
メンバーの一人でもある。

ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)は語った。「彼らはレバノンでも
同じことをしました。でも、レバノンでは、激しく爆撃されたところも
あったけれど、安全なところもありました。ガザでは、安全な場所など
どこにもない。この人たちをどうして残して行けますか?生きるなら
彼らとともに生きます。それができないなら、彼らと死をともにします」
ナタリー・アブー・シャクラ——国際連帯運動

「イスラエルが国際ジャーナリストの[ガザ立ち入りを]禁じている
ために、ガザの声はさらに押し殺されてきました。この地の現実を
外の世界に発信することは、イスラエルによる攻撃の違法性に光を
当てるために不可欠です。私たちは最近になって救急車に同伴する
ようになりました。医療従事者に対する攻撃を報告するためです。
これはジュネーヴ協定違反です。苦しむ家族たちの姿を目にし、
私もその苦しみを感じてきました。彼らをおいて出て行くことなど
できません。すべての市民が、イスラエルの攻撃の前で身を守る
すべがないのです。私たちはとどまって、ガザの人々に対する
イスラエルの攻撃の本質をあばき続けるつもりです」
ジェニー・リネル——国際連帯運動

「イスラエルは、ガザを離れることができる者を決めているだけでは
ありません。誰が入ることができるかも決めているのです。私は、
家やモスクや大学が粉々に破壊されているのをこの目で見ました。
市街地でミサイル攻撃がどれほど人々を恐怖に陥れているかも
分かりました。死んだ子どもたちの姿も目にしました。家から30メートル
のところをイスラエルが爆撃しているのに、家のなかに閉じ込められて
しまった家族が叫ぶのも聞きました。ガザの人々、150万の人々
すべてが、これらの違法な攻撃から逃れることができないのです。

私たちの命が彼らの命以上に大切であるなどということはありません。
彼らが苦しんでいるかぎり、私たちはとどまります。彼らと連帯する
ために、そして、イスラエルが邪魔して外国のジャーナリストに公表
されまいとしていることを報告するために」
エヴァ・バートレット——国際連帯運動

「ガザのパレスチナ人は、イスラエルが課している封鎖のせいで
世界から孤立しています。今、私たちにはここを離れる機会が
与えられましたが、ガザの人々にそのような選択肢などないのです。
ガザの家族たちと連帯してここにとどまること、それはイスラエルの
暴力がおぞましいまでに増大しているなかで決定的に重要なことです。
私は封鎖の影響をこの目で見ました。民間人に対して現在進行形で
振るわれている暴力も見ています。私たちはイスラエルの違法な
政策の犠牲者たちの側に立ち続けます」
シャロン・ロック——国際連帯運動

「イスラエルによって犯されている人道に対する罪を耐え忍んでいる
ガザの人々と連帯して、自分にはここにとどまる責任があると思います。
ガザの全住民に対するこの物理的、心理的、政治的戦争を止める
ために国際社会が行動しないのであれば、国際的監視者、ジャーナ
リスト、活動家がここガザにいなければならないのです。

私たちはこの目で見て、報告し、止めなければならないのです、
どこであろうと、ガザの人々に対してイスラエル占領軍がおかして
いる戦争犯罪を。イスラエルは人道に対する自分たちの罪を目撃
されたくないのです。でも、ガザの人たちは違います。彼らは言い
続けています、「どうか、私たちの身に起きていることを世界に
伝えてください、こんなことが起きるなんて信じられません」と。
彼らは最悪の事態となることを恐れています。誰もが脅え、恐怖に
突き落とされています。私はここを離れません。イスラエル占領軍こそ
国際法に従って、パレスチナを去らねばならないのです」 
エヴァ・ジャシウィッツ——自由ガザ運動


「エレツ検問所は国際監視員や医薬品をガザに入れるために開放
されるべきなのであって、〔私たちを〕外に出すためではありません。
私たちは、封鎖およびこの間の爆撃で死ぬ人たちをじかに見てき
ました。イスラエルの違法な軍事行動によって私は大勢の友人を
なくしました。私たちはパレスチナ人と連帯し、この暴虐非道を報告
し続けます。国際的監視者である私たちには、国際社会がイスラエル
によるガザ攻撃の現実について知ることができるよう保証する責任が
あるのです」
ヴィットリオ・アッリゴーニ——国際連帯運動

国際人権活動家たちは、12月31日、イスラエルのミサイルで
インターンのムハンマド・アブー・ハセーラと医師のイハーブ・
アル・マスーンが殺害されてから、ガザ地区の救急車に同伴
するという活動を続けてきた。国際活動家たちはマスーン医師
が亡くなったとき、ベイト・ハヌーンのカマール・アドァーン病院にいた。

ガザにとどまっている人権活動家たち

アルベルト・アルケ(スペイン)、
エヴァ・ジャシウィッツ(ポーランド/英国)、
ハイダル・イード博士(南アフリカ)、
シャロン・ロック(オーストラリア)、
ヴィットリオ・アッリゴーニ(イタリア)、
ジェニー・リネル(英国)、
ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)、
エヴァ・バートレット(カナダ)

(訳:岡 真理)

Foreign passport holders in Gaza decide to stay
- “We will not leave”
January 2nd, 2009 | Posted in Press Releases, Gaza Region | Edit
2nd January 2009, Gaza:

Despite the exception that Israel is making or foreign passport holders to
allow them to leave Gaza for safety, some of the foreigners have chosen to
remain and share the fate of the rest of the Palestinian people.

Alberto Arce (Spain) has been accompanying ambulances and reporting from
hospitals; “Israel does not want witnesses to the crimes that it is
committing against the people of Gaza. International journalists and aid
agencies are not here. If we leave who will testify to the war crimes we are
seeing.

On the 28th December I looked into the dying eyes of sisters Lama and Haya
Hamdan, four and twelves years old, killed an Israeli missile. The humanity
I saw there was no different from our humanity. Are our lives worth more
than theirs?” Alberto Arce - International Solidarity Movement.

South African-Palestinian Dr. Haidar Eid said; “I believe that this a
historical moment. That this massacre in Gaza runs parallel to that of the
1960 Sharpeville Massacare that took place in South Africa which led to the
initiation of the BDS Campaign against Apartheid. The Gaza massacre of 2009
will intensify the BDS campaign against Israeli apartheid. In Apartheid
South Africa, the BDS campaign ultimately led to the release of Nelson
Mandela being released from prison to later become the first black president
of a democratic, muliti-racial, muliti-cultural state in South Africa. So,
the BDS campaign against Israeli apartheid must result in a unitary state
where all citizens will be treated as equals.” Dr Eid is a Professor of
Social and Cultural Studies at Al Aqsa University, Gaza. He is also on the
Steering committee of the Palestinian Campaign for the Academic and Cultural
Boycott of Israel ( PACBI) and one of the founding members of the One
Democratic State Group.

Natalie Abu Shakra (Lebanon) stated; “They did the same thing in Lebanon,
but while in Lebanon some places were under heavy bombardment, some places
were safe. In Gaza nowhere is safe. How can we lieace these peole behind, we
will either live with them or die with them” - Natalie Abu Shakra -
International Solidarity Movement

“With the Israeli ban on international journalists, the Gazan voice has
been further muted. Communicating the reality on the ground with the
external world is essential to highlight the illegality of Israel’s
attacks. We recently started accompanying ambulances to document the attacks
on medical personnel, which is a violation of the Geneva Convention. I have
seen and felt the suffering of families and cannot leave them, all the
civilians are vulnerable to Israel’s attacks. We intend to stay and
continue exposing the nature of Israel’s attacks on the Gazan people. ”
Jenny Linnel - International Solidarity Movement

“Israel not only decides who can leave Gaza, but also who can enter. I have
seen the demolished houses, mosques, universities and have felt the impact
of terrorizing missile attacks in civilian areas. I have seen the dead
children and heard the screams of families trapped in their homes as Israel
bombs 30 meters away. The Gazan people, all 1.5 million of them, are unable
to escape these illegal attacks. Our lives are no more important than theirs
and we will stay during their suffering in solidarity and to document what
Israel is preventing foreign journalists from revealing.” Eva Bartlett -
International Solidarity Movement

“Palestinians of Gaza have been isolated from the world by the Israeli
imposed siege. Now we are being given the opportunity to leave, an
unavailable option for the Gazan people. Staying here, in solidarity with
Gazan families, is crucial during this horrific increase in Israeli
violence. I have witnessed the effects of the siege, I have seen the ongoing
violence towards the civilian population. We will continue to stand with the
victims of Israel’s illegal policies.” Sharon Lock - International
Solidarity Movement

“I believe I have a responsibility to be here in solidarity with the people
of Gaza who are enduring crimes against humanity perpetrated by Israel. If
the international community will not act to stop this physical,
psychological and political war on the entire population of Gaza, then
international observers, journalists and activists are needed here in Gaza.
We must witness, document and stop wherever possible, the war crimes being
committed by Israeli occupation forces against the people of Gaza. Israel
doesn’t want witnesses to its’ crimes against humanity, but the people of
Gaza do. They keep telling me, ‘Please, tell the world what is happening to
us, we can’t believe what is happening to us. They fear the worst,
everybody here is terrified and terrorized. I will not be leaving, it is the
Israeli occupation forces that need to abide by international law’ and
leave Palestine.” Ewa Jasiewicz - Free Gaza Movement

“The opening of the Eres Crossing should be used to transport international
observers and medical supplies into Gaza, not out. We have seen firsthand
the deaths caused by the siege and more recent bombings. I have lost many
friends because of Israel’s illegal military actions. We stand in
solidarity with the Palestinian people and will continue to document the
atrocities. As international observers, we have the responsibility to ensure
that the international community has access to the reality of Israel’s
attacks on Gaza.” Vittorio Arrigoni - International Solidarity Movement

International Human Rights Activists have been accompanying ambulances in
the Gaza Strip since the murder of medic Mohammed Abu Hassera and Doctor
Ihab Al Mathoon by Israeli missiles on the 31st December. The international
activists were at the Kamal Adwan hospital, Beit Hanoun, as Dr Mathoon died.

Human Rights Activists staying in Gaza:

Alberto Arce - Spain

Ewa Jasiewicz - Poland/Britain

Dr. Haider Eid - South Africa

Sharon Lock - Australia

Vittorio Arrigoni - Italy

Jenny Linnel - Britain

Natalie Abu Shakra - Lebanon

Eva Bartlett - Canada




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007の新作のはずだが?


 久しぶりに映画DVDのコピー版を買った。
この新年から封切りの映画007の新作のDVDのコピー版を近所の店で探して見つけた。

只、新作のはずだと今は言うしかない。時々中身が違う時があるので、観るまではなんとも言えない。

初めて買う店で、写真の二枚を値段を聞くとオッチャンは二枚で3万ドンだというのである。

即、「Hả.Mắc quá! えー、高すぎる!」

「どこで買っても、一枚12000ドンだよ。」と身振り手振りで言う。
(最近買ってないのだが、5ヶ月前に1区で買ったのが12000ドンから13000ドン位だった。半年でそんなに上がってないだろう。それにここは下町の4区だよ。オッチャン!)

頑固に負けないので、では二枚買う予定を止めて007の一枚だけにすると言ってお金を出すと、オッチャンは急に態度を変えて二枚で25000ドンにすると言い出した。

「あ、そう。じゃ二枚買うよ!」で売買が成立。

と言う訳で、これから視聴するのであります。
果たして期待した中身かな!? 結果は後で。



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イスラエル政府は地上侵攻を開始させた/パレスチナ

[転載記事]
******転載・転送可******

イスラエル軍の地上侵攻が始まる

寺畑由実
2009年1月3日


ただただ信じられない。TVで、闇の中、イスラエルの地上部隊が続々とガ
ザに入っていくのを見つめながら、頭が揺れるのをどうしても抑えられな
い。大勢の人がひしめきあって暮らしているガザにイスラエル軍が激しい
空爆を開始して8日、400人以上が殺され、2000人以上が怪我をし、すでに
ズタズタになっているインフラが徹底的に破壊された。そして今、イスラ
エル政府は地上侵攻を開始させた。

空爆が始まって3日目に、私は半ば強制的にガザから退去させられた。そ
れからもずっとガザの友人たちとコンタクトをとりつづけているけれど、
話をするたびに心がつぶれそうになる。ひとりひとりの声には、生々しい
恐怖とどうしようもない絶望感があふれ、時にはあきらめのようなものさ
え感じられる。生まれてこのかた、これほど心配でたまらなかったことは
ない。これほどまで自分が無力だと感じたことはない。

ガザで起こっていることについて、どうしても書かなければならない。今
日まで書けなかったのは、あまりに直接的な感情が沸きかえっていて言葉
にならなかったからだ。でも、これからは自分を叱りとばしてでも書いて
いく。ガザから出ることのできない人たちみんなに、たとえ私の声を届け
るだけにしかならないとしても。

・・・・・・

寺畑由実(てらはたゆみ):2003年5月から、NPO法人「地球のステージ
(本部・山形)」の現地駐在員として、パレスチナ・ガザ地区最南端の町
ラファで、国境線沿いや(元)入植地の周辺に住んでいる青少年を対象に
した心理社会活動を続けている。

寺畑さんのブログ(英語):An Outsider's Inside-View of the Gaza
Strip
http://frontline.civiblog.org/blog

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2009年1月3日土曜日

子どもを悲しませないで/ベトナム人の夫婦喧嘩

 今は1月3日の深夜23:45。
突然に近所から女性の大きな声が聞こえてきた。
叫び声というか、夫婦喧嘩では?
と思ったら、子どもの泣き声が聞こえてきた。

やはり夫婦喧嘩らしくて、男の声も聞こえてくる。

女性の大きな声と子どもの無き叫ぶ声が深夜に響き渡る。

今日は、私は昼間寝過ぎて、夜はなかなか寝付けないでいた。
うとうとしていたところへの夫婦喧嘩。

宿の近所は住宅の密集地帯なので、今までも同じ様な事があった。
ベトナム人の夫婦喧嘩では、妻も負けてはいない。
大きな甲高い声で夫の方を罵る。一方で夫の方も大きな声でやりかえす。
エスカレートすると手を出してしまう。

それにしても原因は何か分からないが、そういう時には現場に子どもが居ると可哀想だ。
子どもに悲しい思いをさせないでほしいものである。(自分も昔、子どもに同じ思いをさせたので自戒を込めて・・・。)

しかし、深夜にこんな文を書いてる私も物好きなもんだ。
うるさいから、どうせすぐには寝れないだろうと思い書き出したが、最初の声から30分が経過したが、静かになってきた。

夫婦喧嘩はイヌも食わん!
アホらしくなってきたので、私もベッドに入りましょう。とんだ正月でした。




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2009年1月2日金曜日

謹賀新年2009年

謹賀新年
ベトナムで新年を初めて迎えました。本年も健康に生きられること、世界が平和に向かって進むことを願います。

1月1日の昼には、ダラットへ行った仲間がその時のベトナム人の友人宅へ集まりました。家は1区の隣の区です。

その友人宅で美味しいベトナム料理をいただき、ダラットでの楽しい出来事などを話して時間は過ぎていきました。

ダラットで私のカメラのデーターが消えた話題も出しました。
みんなは「忘れる!と言ったではないですか!」と言います。
でもね、そう簡単に忘れられません!
ま、笑い話でいいではないですか!

その夜も遅く来たベトナム人と一緒に私は図々しく夕食をいただきました。
その後、近くを流れるサイゴン川の川縁のカフェでゆったりとした流れを見ながらココナッツジュースを飲みながら語り合いました。

私は宿に帰っても、家主は帰省中だし自転車で一時間はかかるので、また図々しくも一晩泊めてもらう話しになりました。

そのベトナム人の友人の家は、旅行会社が運営している住宅のようで敷地内にはホテルと住宅が併存している。

今住んでいる住宅の建物は古くなっているので近く立て替えの計画があり、3月末には引っ越しをしなければならないということです。(それも年末に突然、会社側から通告されたらしい)

古いとはいえ3LKの部屋で、家賃はベトナム人の初任給に相当するくらいです。兄弟3人が一緒に住み、他に2人ホームステイをしてるのです。

その住宅に、一晩お世話になるということで「こういう新年も面白いな」と内心思いながら、その住宅団地の門をくぐると門番らしきベトナム人が何かしゃべりました。????

そしたら、急に連れの2人のベトナム人友人が「大変です!パスポートを持って来ましたか?」と聞くのです。

幸い来る直前にVIZAの更新ができて途中でパスポートを取りに行ったので携帯していました。

「え、何で?」
「外国人が泊まるならパスポートを出すように言われました!」「あの人はうるさい厳しい人です」

その後、パスポートを見せにその門番のベトナム人の所に行くと、2人で居て一人のスーツ姿のベトナム人がHAPPY  NEW YEAR!と言うので同じ言葉とベトナム語の挨拶Chúc mưng năm mớiを返しました。一瞬、お!ベトナム語ができるのか?という態度でした。

パスポートは預けました。

これでOKと安心して、一人のベトナム人友人を見送り敷地内の園庭を散歩していたら、友人の携帯電話が鳴りました。

大変です!
またかよ!今度は何だ??

「今の住宅では、外国人は泊まれないと言っています。」

え! さっきは何も言ってないのに?
急に、どうしてそうなるの?

時計を見ると、夜の10時過ぎだ!

「どうしますか?」とベトナム人の友人が言うが、それはこっちの台詞だろう!!(さすがにムカッとする)

外国人にはどうしたらよいか分からないよ!!

仕方ない、夜も遅くて自転車で帰るには多少不安もあるが、帰るしかないだろうと身支度を始める。

その友人は、その間に兄弟2人でさっきの門番のベトナム人に交渉に行ったらしい・・・。

でも、ダメでしたと帰ってきた。
(おそらく門番の気まぐれだろう。さっきは他の会社の人間がいたからかどうか分からんが、お金が欲しいのかも?
でもそこまでする気も起きないし。)

・・・これがベトナムだよ!!(内心思う)

(昨年、外国人とベトナム人が一緒にホテルに泊まったりはできないと聞いていたが、普通の家はどうなんだろう?でもホームステイは届けをすればOKなのに?
外国人がベトナム人の家に客として来る場合もあるだろう。

ここは旅行会社が運営していて、敷地内にホテルがあるのでホテルに泊まれということなのかも知れない。)

今さら、こんな意地悪な仕打ちをされて泊まれるかい!!!

と内心思いながら帰途についた。

実は、自転車で来たのは初めてで当然帰るのも初めて。しかも夜道である・・・。

不安を感じながら夜道を走った。
しかし、1月1日の深夜のホーチミン市内の道路は昼間ほどのバイクの多さはなくて走りやすい。

帰りの道路も一方通行などがあり、初めて走る道もあるがなんとか1区までたどりついた。

しかし、1区内で方向が分からなくなり、交差点で暗い明かりの中で地図を私は見ていた。
そこに若いベトナム人のカップルが一度通り過ぎてまた戻り私に「どうしましたか?」とやさしく声を掛けてくれた。

地図を見ながら
「ここは何処ですか Chỗ này là chỗ nào ?」
「ここですよở đây!」

「私はここへ行きたいのですが.Tôi muốn đi ở đây」
「じゃ、この道を行ったらいいです Đi thẳng đi」
「これを真っすぐですねĐi thẳng 。ありがとうCảm ơn.」

その若いベトナム人のカップルに感謝です。

2009年の元旦、ハプニングがありましたが結果的に親切なベトナム人に出会えて嬉しかった。

おかげで心豊かに帰宅できました。


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