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2009年2月12日木曜日

三億円事件

 日本語の教科書に三億円事件の事が載っている。
久しぶりにそれを読みはるか大昔の40年前に思いを馳せた。

 当時、私は大阪に住んでいたが、テレビや新聞の報道で東京都の府中市という地名を覚えてしまった。今でも記憶にあるから驚く。同時に、あの白バイ警官に扮した犯人のモンタージュ写真が蘇るのである。

 今更、あの事件の復習をすることは必要ないでしょう。
最近でも、テレビであの事件の謎にせまったらしい。

ネットで検索しても、色んな説があった事が多く出てくる。
現職の白バイ警官の子供、会社社長などなど、中でも「公安筋による某略説」は興味をもった。

当時は、日本の歴史上で最も学生運動が盛んだった。その活動家の学生たちが犯人探しの名目で徹底的に捜査されて逮捕されて、学生運動は小さくなって行った。

公安により仕組まれた事件なので、当初から警察は犯人を逮捕する気はなかった。
従って、後になって分かるが、あのモンタージュ写真も死んだ人間の写真をそのまま写した物だった。犯人の顔に似ていたかどうかは定かではない。

しかも、私が三億円事件というと今でも鮮烈に思い出すほど、あの写真は日本中に宣伝された。だからあの写真に仮に犯人が似ていないとしたら、どうしようもないだろう。結果的には、あの写真で日本中が振り回されたのである。

それにしても、謎の多かった事件である。
激動の日本を象徴するような出来事だった。

ふと、あの頃の学生運動のエネルギーは何だったんだろうと思う。あの頃の血気盛んだった若者は今、企業の定年を迎えて来ている。

この40年の日本の、いや自分の総括をどう考えるのか、語ってみたいものであるなどとは白昼夢なのか。

その三億事件をベトナムの学生に話してみる予定だ。
果たして、反応は?



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