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2010年3月4日木曜日

ダラット(DALAT)の宿

 午後1時半、ようやくダラットへ着いた。向かいに見える緑の車が乗って来たバスだ。この終点まで乗っていたのは二人だけだった。
そして、学生に迎えに来てもらい案内された宿の写真が以下である。道の崖に建てられた別荘である。

その別荘から見た景色が上の写真だ。絶景かな。
室内の装飾は、ベトナムとは思えない。失礼。
冷蔵庫は日本製。
久しぶりに本格的なベッドで寝れます。夕方まで爆睡。


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2 件のコメント:

abe hisao さんのコメント...

DA LAT、東京人にすれば軽井沢ですかね。残念ですが冬の雪はないでしょうが。私もベトナム赴任時代(2000から05年間)ハノイから3回行きました。本当にここがベトナム?と思わせる街ですね。フランス植民地時代に、彼らの避暑地として開発されたようですが、東南アジアの旧植民地には同じような避暑地が今観光地となってますね。
Da Latには、ベトナム最後の国王の館がありますが、非常に簡素と言う印象を持ちました。また、国王が作ったゴルフ場もあります。クラブハウスも簡素でグリーンも綺麗でした。何番ホールかは忘れましたが、ティ。グランドから見える景色がまたよかった。丘に散りばめられた様な小さな家々と教会は絵になりました。この印象に近い刺繍絵を買い求めてしまいましたが。今も我が家の今に飾っています。
ところで、Da Latを舞台にした小説に「浮雲」がありますよね。日本軍が占領していた時期のDa Latで樋口一葉が多分経験したことが下地でしょうが、小説に出てくる細菌研究所と思われる場所にも行ってみました。今は、動植物博物館みたいになっていましたが、ベトナム戦争で消滅した動物の剥製が陳列されていて戦争の愚かさを見せられました。 日本人に対しても好意的なベトナムですね。なかなか過去の歴史から議論が過熱するお隣の国々とは時間がかかりそうですが、まずは東南アジアの国から友好関係が作れるよう、日本語を通じた草の根的な国際活動にご尽力ください。

nihongoyaroo さんのコメント...

abe hisao さん
コメントありがとうございます。
フランス人医者が100年以上前に発見した処らしいですが、当時はどんな風景だったのかと興味が湧きます。

少数民族だけだったのか?今、彼らはある山の周辺にしか住んでいないそうです。

今のダラットに住んでいる人は、戦後北から移住した人たちです。