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2010年7月26日月曜日

 室蘭に転勤…悪夢だ!/天国から地獄へ

 会社員の私は大阪の支社から北海道の室蘭駐在所へ転勤を命じられていた。
それも年末の寒い次期に…、極寒の北の果てまで。
昔は転勤拒否も出来る時代があったが、労組が御用化した今では転勤拒否は即首のになった。

 一枚の辞令が送られて来ただけで、何の連絡も無いが年明けからはその転勤先で仕事をしなければならない。しかし、今の仕事も誰に引き継ぐのか分からないままに仕事を片付けている…。というおかしな状況設定だ。

 そのバタバタとしている時に、転勤先の上司から(と言っても駐在員2人だけの事務所でその上司だ)電話があった。
上司:「いつ来てくれるんですか。早く来てください。」
私:「そう言われても、こちらの仕事を片付けてからでないと…。」
上司:「とにかく、こちらは人がいないから、明日にでも来てもらわんと…。」
私:「はー」(今更、室蘭に転勤とは…、会社は辞めても良いよと言わんばかりの対応だ。本当に辞めたくなった。行っても、ろくな事は無いのは分かっている。)

その上司は私よりも若い。労働組合の活動をしていた私は、労組が御用化されてから極端に給料も地位も差別をされていた。正に天国から地獄になった状況だった。
マトモな労組の幹部だった人間は、本部委員長は首切り、書記長は海外の駐在所に左遷。その他、労組の幹部は左遷、配転などは当たり前になって行った。自ら、会社に見切りを付けて辞める人間もいた。

組合が御用化するとどうなるかという手本を見ているようだった。
私は、会社が実態の無い子会社を作りそこへ出向を命じられて2年。
その実体のない子会社勤務2年間の時代に、会社の中はガラッと変わっていた。
会社は組織で仕事をする。私のような労組の御用化に最後まで抵抗した人間はもはや会社の中では少数派で異物的な存在になっていた。

あの当時の仲間は、バラバラにされて一人も残っていない。
人間砂漠の中に一人残されたような気分だった。他の社員は、労組の御用化に賛成した裏切り者にしか見えないのだ…。その中で仕事をする…地獄である。

そして、何故か場面は、室蘭に転勤を命ぜられているという設定だ。
そこで、目が覚めた!! 夢だった。悪夢だ。

何故に、大昔の事を今頃になっても見るのだろう。それも、楽しい夢なら良いが、悪夢だ。人間、嫌な事は忘れたいのだが…。

 昔の話だが、42歳で会社を辞めるまで私は日本のガス専門商社の社員だった。
今思うと若気の至りもあったが、20代の血気盛んな頃は労組の結成から活動で先頭になって活動していた。

 今の時代は労組の存在はどこに行ったのかと思うほど影が薄いが、今から40年前の日本は労組の無い会社は組合が結成されてイケイケどんどんの世界だった。
日本全体の経済成長の中で会社は儲かっているのに、社員の給料は安い労働条件は悪いという環境で、労働者の権利に目覚めた者たちがあちこちで労組の結成に立ち上がった時代だ。

 今と違い、あの頃は(記憶が不確かだが)「総評」と言う労組の全国組織が存在していた。今の様に右と左に分裂していない時代だった。
太田ラッパと言われて有名な委員長がいた。正に労組にとって良き時代だった。

 会社の圧力を撥ね除けて労組を結成して賃上げなど労働条件の改善を組合はどんどん要求して給料も急速に上がった。
一部上場の大企業に会社はなっていたので、ある地方の営業所の若い女子社員の給料がその親父の給料よりも良くなって、親父がショックを感じている。などと笑えない話もあったりした。

 その会社の労働組合の活動を私は先頭を走っていた。
労働組合の活動を先頭を切って走るような人間は正義感が強くて無私の精神をもった人物が多い。

「1人は皆のため、皆は一人のため」「良き組合員は良き労働者」などとスローガンを掲げていた。今の時代には信じられないほど労働者の権利が無い時代から権利を勝ち取って行った時代だ。

派遣労働などと、あの頃の時代の人間が聞いたら驚いて飛び上がるような今の時代は、労働者に無権利な時代になってしまった。
本当にあの頃は、労働者にとって良き時代だった。

昔話をすると年寄りだと言われるが、そう私は年寄りなのだ。年寄りで何が悪い。
人間は誰も若者から年寄りになって、そしていつか死んで行く。
これが当たり前のことなのだ。
それが、「労害」などと言う言葉があるらしい。
悲しいことだ。天に唾する言葉だ。

今のような時代になってしまった事に責任も感じるが、しかし私は私なりに日本を良くしようと闘ってきた。その結果が今なのだ。

日本で暮らせずにベトナムで暮らしている…。
でも、今の私は幸せだと思っている。地位も金も無いが、心の中に幸せ感がある。

しかし、時々、昔の嫌な悪夢を見ることがある…。朝、4時の悪夢だった。


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2 件のコメント:

sho さんのコメント...

ご無沙汰しております。nihongoyarooさんも労組出身でしたか。いろいろご苦労なされたのですね。今月還暦を迎えた小生も27歳のとき専従の本部書記長に立候補しました。そのときは「お前の職場復帰は俺の首を賭けても戦ってやる」と言っていた仲間もいざそのときになると・・・。時代が変わると労使一体のなっての職場再編。小生も営業所、他支店、仕事内容のまったく異なる職場等を転々としながら、ついに53歳でギブアップ。
でも我が人生に悔いは無し。今はサイゴン復帰にむけて勉強中です。
これからも楽しい日本語教師生活をご報告ください。サイゴンでお目にかかったK先生が帰国され、楽しみにしていたブログが一つ少なくなり寂しい限りです。

nihongoyaroo さんのコメント...

Shoさん
コメントにかんしゃです。shoさんも労組の活動家だったとは、気が合いそうですね。今度来越されたらコーヒーを飲みながら話しましょう。我が人生に悔いなしとは凄いですね。私はそこまで言い切れませんが、組合の御用化で信念を貫いたのは褒めてやれるかなとおもいます。今はベトナムで第三の人生を楽しく生きて行こうと思っています。