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2010年12月28日火曜日

ベトナム人の見栄っ張り

 先にダラット大学の学生たちと懇談して気づいたことがある。
ベトナム人は見栄っ張りということである。

ベトナムに住み始めてよくそのことは聞いた言葉だ。ベトナム人は見栄っ張り。

「見栄を張る」:外観を飾る。必要以上によく見せようとする。と辞書には書いてある。

大なり小なり、日本人にもそういう傾向はあると思う。

ところが、ベトナム人は想像以上だと聞いていた。
バイクでも何処からそんなお金があるのかと思うような上等なバイクに学生ものったりしている。

家でも、外から見える所は奇麗にする傾向。

等々、ベトナム人が見栄っ張りという証拠は色々だ。

当初の本題に戻ろう。ダラット大学で日本語学科の4年生の一人が12月初めに行われた「日本語能力試験」でN1(級)を受けたと言っているのを聞いて呆れてしまった。

その学生はN2(級)もまだ受かっていないのに、一番難しい
N1を受けているのである。
「どうして?」と叫んでしまった。そして「大バカものだ!」と叫んだが…。理解されたかどうか?

大学で4年間日本語を勉強してもN2を受かるのがやっとのベトナムの日本語教育の現状である。もちろん中にはまれにN1が受かる人もいるかも知れないが、私はまだ聞いたことがない。

その学生と話していて、特別に上手とも思えない。
私はベトナム人の見栄っ張りが働いた結果だろうと推測した。
N2を受けて受かったらその次にN1を受けるのが堅実な受験方法なのに、大学の先生も何を指導しているのだろう。

前にも、ベトナム人は自分の実力以上の試験を受ける傾向があるというようなことを聞いたことがある。正に見栄を張るのである。

上記の学生もダラット大学では一番日本語が上手だといわれているらしい。ベトナム人先生と学生の見栄っ張りの結果の象徴的な出来ごとのような気がする。

ま、人様のことだからどうでもいいのだが、次回も同じようにN1を受けるのだろう。ランクを下げて堅実にN2を受験しようということにはならないのでしょう。その結果はまた落第か。



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2010年12月27日月曜日

ダラットの何気ない風景

鶏の教会を遠くに見た風景。
ホテルの前から隣の教会を見た風景。
ダラット市場を上から見た風景。
スーダオナン(豆乳)が美味しく飲める店の風景。
その店から正面を見た、フォーの美味しい店の風景。


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2010年12月26日日曜日

菅政権は無免許運転だ!/分かりやすい表現だ。

[財務省] ブログ村キーワード

">みんなの党渡辺喜美代表「菅政権は仮免ではなく無免許運転だ」

BS11INsideOUT
みんなの党の渡辺喜美代表は、BS11の番組の中で、政府の予算編成や税制改革が財務省主導になっていると指摘。「菅政権は参議院選挙の試験に...
http://bs11.com

「渡辺氏の言うことは分かりやすいね。先の選挙の時の官僚改革の意見から注目していたが、この人に首相をやらせたら日本は改革できる可能性があるな。」

">


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2010年12月25日土曜日

民主党が犯した2つのミス:今の空き缶内閣のダメな理由/転載

今の空き缶内閣では何故ダメなのかを官僚側から鋭く指摘している官僚がいたとは驚きました。しかし、その官僚を仙谷官房長官は更迭しているのです。以下の内容を読むだけでも、今の空き缶内閣は一日も早く退陣した方がいいことが分かります。日本は本当に危ない。

http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5601

フォーサイト POLITICS

改革派官僚に聞く(上)

やりたい放題の「官の巻き返し」を憂う

09983958.jpg 政府参考人として参議院予算委員会で、みんなの党の小野次郎氏の質問に答弁する経済産業省の古賀茂明氏(右)=2010年10月15日、東京・国会【時事通信社】

 経済産業省から国家公務員制度改革推進本部に出向して内閣人事局や国家戦略スタッフ創設の立案などに従事し、鳩山内閣発足後は仙谷由人行政刷新相のもとで大胆な改革案を提議。しかし、2009年12月、仙谷氏により更迭されて経産省大臣官房付に――。かつてフォーサイトでも、その動向を取り上げたことがある「筋金入りの改革派官僚」古賀茂明氏(「ひそかに退職勧奨を受けた改革派官僚」参照)。その後も、経済誌への寄稿などで民主党による公務員制度改革の後退に警鐘を鳴らしつづける氏に、今の「政」と「官」が抱える問題点について聞いた。

――野党が10月、民主党政権の天下り対策を批判する古賀さんを政府参考人として臨時国会に出席させた際、仙谷官房長官は「彼の将来を傷つけると思う」と語り、野党から「恫喝だ」と批判されました。民主党は古賀さんの発言に神経を尖らせており、経産省も「自ら退職することを望んでいる」と報じられましたが、そうしたご自身の立場をどうお考えですか?

古賀 私にできるのは人事当局の判断を待つことだけです。人事は大畠章宏経産相の決断次第ですが、大臣も基本的には事務方に任せているようです。事務方は私に「辞めろ」と言うわけにもいかず、扱いに悩んでいるのではないでしょうか。私としては、当局の判断を待ちながら、その間は可能な範囲で情報を発信していくつもりです。このままでは日本はダメになる。思い切った改革が必要だという気持ちは変わっていません。


――このままではダメだということですが、具体的には?

古賀 バブルの頃まで、国の仕組みは経済が拡大・成長することを前提につくられていました。自民党は経済の拡大によって得られた果実を自らの支持層――たとえば農協や医師会など――に厚めに配分することで政権を維持し、官僚もまたその果実の上に自分たちの生活を守る仕組みをつくりあげ、それを維持してきたのです。経済が上向きであるなら、自民党の支持層以外にもある程度配当は行き渡りますし、官僚が果実の“上前”をはねても、つまりは税金をムダに、自分たちの利益のために使ってもまだ余裕はありました。しかし、バブル崩壊以降、経済が拡大するという前提は崩れ、果実は失われました。どこか特定の層に厚めに配分しようとすれば、一般国民が犠牲を余儀なくされます。その構造を変えなくてはならないのに何も変わらない、変えられない。これではダメだということで自民党はついに退陣を強いられ、政権交代へとつながったわけです。

 しかし民主党は、郵政民営化の事実上の棚上げ法案や農家への戸別所得補償や子ども手当の支給など、これから自分たちを支持してくれそうな層や人たちに対して手厚く保護する仕組みを構築しようとしました。旧い構造を断ち切ることを期待されながら、本質的には自民党と同じ利益誘導的バラマキの道を選んでしまったのです。「官」は「政」の本気度をよく見抜いています。官僚は民主党から「これはやれ」と言われたところに関しては形づくりにお付き合いしながらも、自分たちが守ってきた構造については「変えません。きっと大目に見てくれるだろう」という態度なのです。独立行政法人や公益法人、業界団体などに事業仕分けでメスが入っても、官僚は看板を掛けかえ、名目をかえ、他の事業につけかえたりして存続を図り、ゾンビのようだと評されました。それがいい例です。つまるところ、政も官もあまり変わっていない。中国はじめいくつかの途上国は著しい成長を遂げ、欧米もそれに遅れまいと懸命になっているにもかかわらず、日本だけが井の中の蛙のごとくです。このままではいけません。



民主党が犯した2つのミス
税制調査会で天井を見上げる菅直人首相(中央)=2010年11月16日、東京・首相官邸【時事通信社】
――民主党が掲げた「政治主導」がうまく機能しなかったということでしょうか?
古賀 民主党は政治主導のあり方について、2つのミスを犯したと思います。ひとつは総理主導を打ち出せなかったことです。
 憲法では、行政権は内閣に属すると規定されています。官僚はこれを「行政権は内閣にあるのであって、総理にあるのではない」「各省の事務を実施する権限は個々の大臣にあるのであって、総理にはない」と解釈します。これなら大臣ひとりコントロールしていれば行政の実権を握れるし、総理の“勝手なマネ”を抑止することができるからです。
 しかし、総理には大臣を任免できるという強い権限があるのです。方針に従わない大臣は罷免して自らが兼任するということも可能です。要は、総理の決意次第で、行政全般を動かすことができるのです。
 では、現実はどうだったでしょうか。長妻昭前厚生労働相のケースを見てみましょう。長妻さんはマニフェストに掲げたことを忠実に実現しようとしました。その一環として、役所の人事にも手を入れようとしたのです。大臣が仕事の目標を示し、それが達成できたか否かで信賞必罰を行なおうとした。天下りはまかりならんと宣言し、独法の役員を公募して、そこに官僚が応募してくると「これは天下り同然ではないか。ダメだ」と蹴飛ばし……。そういうことをひとりでやっていたのです。
 これは本来、内閣全体の方針として行なわれるべきでしたが、長妻さんは結果的に孤立しました。総理も官房長官も一切助け舟を出さず、最後は事実上の更迭という憂き目に遭いました。官邸が長妻大臣を支え、内閣に対して「長妻を見習え」と指示していれば、様相はだいぶ違ったと思います。
 もうひとつの間違いは、政治主導を「政治家主導」とはき違えたことです。政治主導とは「理念」であって、政治家は方針を示し、決断をし、責任をとるという意味合いのものであったはずなのに、民主党は「実体」として政治家が何もかもやるんだという次元の話にしてしまった。だから、予算案の策定にあたって政務三役が電卓を叩くなどという妙な光景が現出したのです。ロボットの頭脳の部分を政治家が担い、手足の部分を役所が担えばよかったのですけれど、政治家が自らなんでもやっていますというパフォーマンスに堕したのは、まさに本末転倒の事態だったのではないでしょうか。
(続きは、上記のアドレス訪問してください。このままでは、本当に日本は危ない事が分かりますhttp://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_5601



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クリスマスの夜は?!大変でした。




 昨夜のクリスマスの夜は皆さんいかがお過しでしたか。
実はホーチミン市のクリスマスの夜は3回目にして初めてバイクで走りましたが大変でした。

噂には聞いていましたが、驚きました。
路上のバイクバイクの多さにびっくり仰天。

ビンタン区から1区に向かう橋の手前で、あまりにもバイクの多さに引き返そうかなと思いましたが、引き返すにも引き返せない…。

宿の、クリスマスなのに遊びに行く相手もいない寂しい学生たち3人とアイスクリームでも食べようかと外に出たのは良いが、外は上記のような状況でした。

途中で迂回しながら、1区とは逆方向に走りながら学生の言うままにバイクで走りますが、路上は若いカップルで溢れていました。時々、親子4人でバイクに乗っている家族連れも見かけました。何故か、その親子連れはお母さんは体格が良い!

親子4人でバイクが重そう!!?失礼。


着いた所は、1区から離れたフーニャン区のカフェ。
しかし、店内は客客でごったがえしていました。
店内に入れない客は路上で…。

アイスクリームの美味しいカフェで有名らしいのですが、クリスマスは稼ぎ時でしょうね。学生たちは写真を撮りまくりです。(いつもながら、写真の好きなベトナム人には感心します)


カフェ内では他愛も無いおしゃべりで時間は経過するだけです。

宿への帰りの道も大渋滞。何度か危ないと思う瞬間も体験しながら宿の近くに帰ると、「ホビロンを食べませんか?」と学生が聞いて来る。

近くのウズラの卵のホビロンの店に行きます。店と言っても、路上の屋台です。熱々のウズラの卵のホビロンも月を眺めながら皆で食べると美味しいものでした。

と言う訳で、我が宿のクリスマスの夜は深けて行きました。
恋人と遊びに行った連中が何時に帰ったかなどは無頓着です。

ところが、その翌朝の今朝、大学の同僚の先生は昨夜バイクで転んで怪我をされたらしい事が分かりました。大変です。

その先生から学生への電話で分かりましたが、学生はその先生からの言葉も分からないので一緒に病院などへ行って欲しいという頼みに、のんびりと夕方ならなどと返事している…。

側で電話を聞いていて、後で、そんな場合は何よりも先に病院に行くべきで先生は困っているのだから今からでも一緒に病院へ行きなさいと教える。

当初、学生はベトナム病院へ行こうとしていたが、外国人向けの病院へ行くべきと指示する。(学生の発想に任せると「高いから…」で安い病院へ行く事になるのだが、外国人は何時間も待てないよ。これも文化の違いかね。)

昨夜の路上のバイクの異常な多さを思い出して、クリスマスの夜にホーチミン市内をバイクで走るものではないなと思うのでした。

今、ブログを書いているところへその先生から電話があって、病院での診察の結果はやはり骨折していたとか。そりゃ、痛かったでしょう。お大事に…。






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2010年12月23日木曜日

ダラット大学で学生と懇談

ダラット大学の日本語学科の学生数人と懇談することができた。学生たちは、地元のダラットからではなくてベトナムの各地から来ていることが分かった。中には宿の学生と同じ故郷の学生もいて話は弾みました。
日本人と話す機会が少ないダラットで日本語の学習は大変でも学生はがんばっています。中には日本に留学したいという学生もいて、行けたらいいね。
ダラット大学は小高い丘の緑豊かな環境の中に位置していて、ホーチミン市内とは大違いで自然環境はすばらしい。こんな所でしごとできたらいいね。
学生たち、坊様の話を熱心に聞いていました。この中から一人でも日本に行けたら…。
この恵まれた自然環境で勉強している学生とホーチミン市の大学(うちの大学は環境は最悪)の学生との差は?本人のやる気だけの差かな。


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2010年12月22日水曜日

ダラットは寒い!

ダラットで宿泊したホテルです。今までダラットへ5回ぐらい行っていますが一番の贅沢なホテルです。普段は1泊12万ドンぐらいだったが今回は奮発して40ドル。今回は連れがありますからね。
一緒に同行している2人の女学生、「同級生の家に泊まります」などと殊勝なことを言っていますが、その同級生もまだホーチミン市から家に帰省していないので1泊だけ宿泊をプレゼント。2人は大喜びで記念写真を撮りまくっています。
ホテルの近くは鶏教会です。早朝に行くと信者の方がお祈りをしていました。厳かな気持ちになります。
上はホテル内の施設風景。このホテル宿泊室フロアーは木造仕上げが気に入りました。日頃、コンクリート床に慣れていると、木の床はなんとも心安らぐ気持ちになります。今年、最初で最後の贅沢、その価値はありましたね。

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2010年12月21日火曜日

ファンランからダラットへ山越え

ファンランの町は田舎町です。ホテルの近所では鶏が自由に動いていました。ホーチミン市では籠に入っているのしか見た事がないのですが、のどかですね。思わず、焼き鳥にしたら美味そうだ。
軒下カフェでオジさん達がくつろぐ姿は同じです。
ファンランからダラットへはバスは走っていないので、タクシーで行くことになりました。
山越えになる前に、麓のカフェで休憩。
実は、これからが大変な道中でした。

ファンランを9時に出発して、ダラットへは1時半ごろに着きましたが、道中、若干1名の学生が車に酔いゲーゲーと大変でした。

舗装などしてないデコボコの山道を車は走るので、学生は胃の中が空っぽになってもゲーゲー。

それでも、ダラットに着いて少ししたら「お腹減った!」ですから、若さですね。



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2010年12月20日月曜日

人相が悪くなったな!いや悪すぎるね。

http://www.asahi.com/politics/update/1220/TKY201012200131.html
[菅首相] ブログ村キーワード
上記は空き缶首相と小沢氏の会談が決裂したとの朝日のニュースです。掲載された写真の菅首相と岡田幹事長の人相が悪すぎませんか。

「政治と金」という言葉だけで、記載間違いの大した事でもない事を大手マスコミを機密費でタラシコミいかにも大問題かのように書き立て、国民をだまくらかして来た張本人の悪人顔です。

菅首相は支持率低迷を小沢氏を追求する事で政権浮上を狙っているとの情報もありますが、トンデモナイ事です。
自らの無策、失策を棚に上げてかっての仲間の小沢氏を攻撃する事などあまりにも卑劣な事です。

仲間内で喧嘩ばかりしているような政権に国民はうんざりです。今や子どもまで「何で喧嘩ばかりしているの?」と親に聞くそうです。情けない。

そんな、重箱の隅を突くような事ばかりしないで、世界を見て仕事をして下さい。菅首相。

しかしながら、何も考えを持たない人が首相になったばかりに、今の政権の低迷ぶりは起きているのですから、日本国や国民の為には一刻も早く退陣をして貰った方がいいのですが、こうした時に愚か者の権力者ほどその権力の座にしがみつくのは歴史が教えてます。

この半年、日本国はなんと無駄な時間を彷徨ったか。ああ、無情。これから、いつまで続くのだろうか。この無駄な時間は。

法人税は引き下げて、年金引き下げを実行する空き缶内閣は退陣しろ。解散総選挙だ。


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殺人事件です!若い女性が殺されました。

 大変です。殺人事件です。昨夜の10時ごろに宿の近所で若い女性が刺されて死んだそうです。歳は20歳ぐらいとしか分かっていません。
男女で住んでいて、喧嘩の末に男がナイフで刺したとしか分かっていません。

上の写真は私の宿の窓から現場を撮ったものですが、写真の左に路地の突き当たりになっていて薄緑色のバイクが止まっている家がそうです。

ただし、私は昨夜の事件発生時には宿にいましたが、気づかずに映画を観ていました。
今朝になって学生が言うので、何で昨夜に教えてくれなかったのだと言ったのですが後の祭り。ま、そんな事件は知らない方がいいのですが…。野次馬根性的には見たかったな…。学生たちはこの窓から眺めていたようです。
「警察が来ました。多くの見物人がいました。原因は分かりません。」そりゃそうでしょう。

しかし、今朝は、何事も無かったかのように静かです。
写真に映っている路地は狭い所で、ここで夜中に男女や女と女が喧嘩したりしてうるさい地域です。
とうとう殺人とはね…。怖いですね。




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2010年12月19日日曜日

ファンランの海

[水着] ブログ村キーワード
ファンランの海の水はあまり奇麗ではなかった。
海岸も遠浅ではではなくて、3mぐらいで足も届かない深さになる。
この日、海岸には私たち以外は誰も遊んでいる人はいない。
それでも、娘2人と私は水に入りました。娘たちも準備よく水着を用意していましたが、坊様は水着も無く一人昼寝です。申し訳ない。
海水の中で、3人は童心に帰ったように楽しみました。20歳前後の娘と海水の中で戯れるとは我が人生40年も昔を振り返って記憶がありません。今日も幸せなり。この縁に感謝です。
写真のような丸い小舟を器用に漕いで行くのが見えます。バランスを取るのが難しそうです。

入る前は汚い水だと思ったが、いざ入ると気にならずに遊びます。少し波が荒い海です。



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2010年12月18日土曜日

チャム族遺跡は女性器と男性器の象徴だった。


[女性器] ブログ村キーワード チャム族はベトナムで17世紀まで栄えていた民族ですが今では少数民族としてひっそりとファンランなどに暮らしているらしい。
そのチャム族の遺跡がファンランに少し残っている。その遺跡の前に立ってみて感慨にふける。実は上の写真の門のような形は女性器を象徴していてその奥に見えるとんがった形の物は男性器なのである。
こうして見ると雄々しい感じがしますね。逞しさとエネルギーを感じます。

下の写真などは女性器の中に男性器がちょこっと入っている感じだし、その男性器の象徴が神のようにも見えるのです。

大昔から、性器を信仰の対象とする宗教はあったようです。(坊様に聞いた話で研究した訳ではありません)そう言われてみれば、日本の長く住んでいた愛知県の地方でも男根を象徴として崇めている神社の有名なお祭りもあったことを思い出しました。
子孫繁栄の為にセックスそのものは汚らわしいものなどではなくて神聖なものだと大昔の人々は素朴に感じていたのでしょうか。

現代に至る間に、何故かセックスは汚らわしいものだと思われるような事があったのだろうか。若い頃に読んだ物の本にいろいろと書いてあったような気がしますがもう忘れてしまいました。

同行した女学生に上の写真の遺跡の意味を坊様も説明していましたが、若い娘たちは何を思い感じたかは謎であります。

しかし、平日の訪問だったせいかは分かりませんが、遺跡を見学する人は私たち以外にはいませんでした。

この遺跡を見物したら、女性も男性も子孫繁栄間違い無し、子宝に恵まれる、病気が治る、セックスが強くなる…などと唱って観光客を募ったら人は来るのではないでしょうか。



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2010年12月17日金曜日

ファンラン、ぼったくりはまだあった。

 ファンランへの旅で超乱暴運転とボッタクリの店のことを先に書いたが、夜中の12時ごろに予約していたホテルに到着。

予約の部屋は50万ドンの部屋が2部屋、38万ドンが一部屋だった。バスの中で予約確認の電話をしていたので遅くなってもフロントも開いていて各自キーをもらい部屋に行く。

坊様と私は50万ドンの部屋、学生は38万ドンの部屋のつもりだったが、各部屋を見たら、どの部屋も同じような感じで値段の違いが分からない。

私などがベトナム国内を旅する時は、1泊10万ドン前後の安宿しか泊まらないが、今回は日本からのお坊様の希望で50万ドンスイート仕様の部屋を予約したのだが、この部屋の何処がスイートなの?

部屋からフロントに学生が確認の電話をするが要領を得ない。
夜も遅いので明日の朝に確認することにして就寝。

そして、翌朝。学生たちも起きて来て「部屋は違います」と騒ぎ出した。部屋の中の案内書には各部屋の詳細と値段も表示してあったのである。私もそれを夜に確認していた。

結論から言うと、坊様の部屋だけが予約通りで他の部屋は違っていた。意図的な間違いか只のミスなのかは分からないが、来る途中で散々な目にあったので疑いの目で見てしまう。客がぼけっとしていたらぼったくられるところだった。

上記のファンランのホテルは「ホテル フーギー 」泊まる時は気をつけよう。
ファンランではホテルは少ないようだ。

でも、ホテルの施設は、バスタブがついて38万ドン、45万ドンの部屋、ベトナム国内ではバスタブに入る機会は無いので、久しぶりのお風呂にご満悦でした。



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2010年12月16日木曜日

坊様と3人の供(珍西遊記?)ファンランへの最悪の旅/超乱暴運転、ぼったくり店

先週、ヒョンな縁で日本のある由緒ある寺のお坊様とニャチャンの手前のファンランという地へ旅することになった。

当初は、私と坊様の2人の予定で早朝にホーチミン市を出発してファンランへ行く旅行会社のバスを予約したのだが、急に宿の2人の学生も同行することになって、昼の出発のバスに変更したのがトラブルの始まりだった。

昼の12時ごろの出発のバスは、旅行会社のは無くてQUE HUONG という名のバスに乗った。
料金は9万ドン、当初の旅行会社のは16万ドンだからかなり安い。旅行会社のは寝台席だったが。

このQUE HUONGのバスは普通席だった。これしか無いとのことだった。

いざホーチミン市内ビンタン区のバスセンターを出発したのは良いが、昼の炎天下でバスの冷房が効かない。吹き出し口から出る空気は冷たくない。約1時間ぐらい走ったが、車内の温度はどんどん上がっていく。お客がぶーぶー文句を言っている。後ろの席の客は上半身裸だ。

日本から来たお坊様は、寒い国から来たことと体格が良いので暑さには弱い。大変だ。

そうこうするうちにバスは停車して、修理するとのことだった。
しかし、1時間以上待っても修理は出来そうも無い。
とうとう、代わりのバスを呼ぶことになったらしい。そしてホーチミン市から代わりのバスがやっと到着。
その時点で2時間ぐらいは経過している。

修理しているバスの横を眺めていると「XE CHAT LUONG CAO」と車体に書いてある。「高品質サービスのバス」とでも訳すのだろう。
それを見ながら「全く逆の事がかいてあるな」「大体、こんなことをわざわざ書くのがおかしい」「高品質サービスのバスではありませんと言っているようなもんだ」と毒づいていると、ようやく代わりのバスがやってきた。

その修理をする為に寄った地はドンナイだった。
代車のバスは冷房は効いているので、皆ほっとしていたが、ところがどっこい。

そのバスの運転の乱暴なことといったら、今までダラットやダクラックなどの長距離バスにも何回も乗った事があるが、こんなに乱暴運転は知らない。とんでもない運転手だった。

片側一車線しかない道路で、対向車が来てもバンバン追い越しをかけるのである。時には中央分離帯にゴム製の柵があるのを踏み倒して走るのだ。

思わず「チョイオイ」と大きな声を出した。
その時の、車掌の「何だ、うるさいな」と言うような態度が気になった…。

とにかく、ベトナムへ来て約4年、これほどの乱暴な運転のバスには乗ったことがない。
対向車にぶつかるのではないかと思う事も何度かあったが、途中で休憩するために小さな食堂にバスは止まった。

しかし、その休憩した食堂がまたトンデモナイ所だった。
4人で食べたのが、フォー2人前とコムチン(炒めご飯)2人前とイカの炒め物1つだった。

そしてその値段が写真の請求書である。フォーが5万ドン、コムチンが5万ドン!何じゃこれは!!である。

私はトイレに行っている間に支払いは済ませてしまっていて、あとで私は聞いてびっくり仰天。文句を言うにもバスの中だったので後の祭り。

学生に「文句を言ったのか?」と聞くが、こういう時には学生はあまり役に立たない。「値段を最初に聞かなかったので…、値段表が無かったし…」とか言う始末。

日本から来た坊様にとんでもないボッタクリの支払いを体験させてしまい、冷や汗ものでした。

私が、支払いの現場にいても、文句を言う事はできても、その後にどうなるかは想像できませんね。
しかし、こんな田舎の食堂で普通に美味しくもないフォーが5万ドンとは…、明らかに倍以上の値段です。

バス車内で、学生が他のベトナム人客に聞いたところでは、全体に高い店だが私たちだけ特別に高かったらしい。外国人だからボッタクラレタのです。

学生たち曰く「バスの運転手と車掌はあの店とグルです」後の祭りだ。(しかし、このままでは腹の虫がおさまらないのでバスの車番をメモして後日バス会社に抗議メールをしようと思う。)

それからの車内の出来ごとも非常識の連発。夜になって外も暗くなったので車掌に「いつごろ着くのか?』と聞くと「そんなこと、どうでも良いだろう」と学生に言う。ふざけるのもいい加減にしろ!!

走行中に、車掌のベトナム人が車内の狭いフロアーに敷物を敷き出したので「何をするのか?」と見ると、横になって寝るのである。これまたびっくり仰天。それを2〜3回繰り返していた。

ようやく、目的地のファンランに着いたのは、夜の12時前だった。ホーチミン市を出たのは昼の11時半だったのに。
最悪の日だった、仏滅だ!思わず呟いた。お坊様を同行したのに…。(バス会社QUE HUONG 車ナンバー85Nー0628には絶対に乗らない事)

下記の写真はファンランのチャム遺跡であるが、説明は後日にしましょう。









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