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2011年2月28日月曜日

いよ、ご開張!?

昨日は日曜日、テト以降遅寝遅起きの癖が治らない私はお天道様も高くなってから宿の二階から一階に下りていくと写真の光景が目に飛び込んで来ました。

さっきから黄色い声がしていたのはこれだった!!いよ、ご開張!

テト明けの久しぶりに仲間が集まった日曜日です。和気あいあいとトランプをしているようです。

でも、けっこう気合いが入っているようですね…。


ふと、短パン姿を見ると!?何か見えますね。股間ではありませんぞ、膝下です(笑)。

気合いが入っているはずですね。ま、見なかったことに…。

でも、ここベトナムでは日常茶飯事のようです。色気よりも侠気
?!唐獅子牡丹を思い出すな!お竜さんだったかな?(いつの時代や)




2011年2月26日土曜日

毎日新聞の26日の社説”「小沢系」造反国民不在の倒閣運動”に疑問。

http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110226k0000m070131000c.html
毎日新聞の26日の社説”「小沢系」造反国民不在の倒閣運動”に疑問。

天下の大新聞の社説に疑問を抱くなどはもってのほかかもしれないが、26日の毎日新聞の社説を読んで幾つか疑問を持ち反論というよりは思いを書きたくなった。


今から十数年前までは新聞の社説に疑問を抱くなどはなく、時にはその時々に参考にしていたが、いつの頃からか真実の報道などは新聞からは無いという思いに変わり、社説なども最近は殆ど読まなくなった。


インターネットが普及し最近ではツイッターなどでマスコミを通さずに直接に色んな情報が飛び交うようになってきた。

それにより新聞やテレビが真実や事実を報道していない事もある、むしろテレビや新聞社に都合の悪い情報は読者や視聴者には伝わらないことも分かってきた。


そして、新聞のニュースを見ていつも感じるのは「どこの新聞社も同じニュースだ」と言うことだ。これだったら何社も新聞社は要らないのでは?と思ったことがある。何の為に新聞社はあるのか?新聞社の社員のために?読者のために?宣伝をするスポンサーのために?

正直、ネットニュースなどを見るだけでは新聞各社の大きな違いは見いだせない。いつも同じタイミングで同じニュースが流れるだけである。

時には、海外ニュースなどはニュース分全体が全く同じという面白くもないことが起きる。そして、それは、政治の事になると同じニュースが各新聞社から流れて来る。これまた、面白くない。


いつから新聞社は政府の公報紙になったのだろうかと思うこの頃だ。人生を長くやっているが昔はもう少し違っていたような気がするが…、歳のせいだろうか?これも原因は記者クラブの存在が原因らしいこともツイッターの情報で分かってきた。政治部の記者の仕事は記者クラブで政府の会見情報を適当に流すだけが仕事になって、ひどいのは裏付けも取らないで記事にする。これでは、読者に取ってもツマラナイ記事になる。

足を使って取材した記事など殆ど無いのだから。


いけない、社説の反論を書こうと思ったら前段でだらだらと書いてしまった。

あらためて、毎日新聞の26日の社説”「小沢系」造反国民不在の倒閣運動”に疑問と反論を書く。


『こんなことをしている場合か--という怒りと不信の声が、なぜ届かないのか。新年度予算案の衆院審議が大詰めを迎える中で政権党の内紛はエスカレートする一方だ。』

そんなことしている場合ではないだろうという声があると言いたいらしいがそれは誰の声?筆者なのか読者なのか明確にしたらどうか。

しかし、「こんなことをしている場合か」という思いは私は前からある。それは以下に出て来る16人の造反以降などではない。


それこそ、菅首相になってから数ヶ月というもの「小沢切り」をしろと言う論戦を張って来たのは毎日新聞などである。

それに乗せられてか菅首相は「小沢切り」が至上命題かのように行動してきた。政治課題は国内、国外共に重要課題は多いのにそっちのけの状態に国民には見えた。

それを見透かされたように、中国やロシアなどは強硬な対日政策を押し出してきている。

正に国益はマイナス状態だ。


だから、「こんなことをしている場合か」というのは今に始まったばかりではないのである。もっと言えば、今の結果は毎日新聞社を初めマスコミが騒ぎ菅首相が邁進した「小沢切り」の結果なのである。

それを、社説では『民主党の小沢一郎元代表に近い比例代表選出衆院議員16人が衆院会派の離脱届を提出したのに続き、元代表の側近の一人、松木謙公氏が農水政務官を辞任した。』このことが原因なような書き方だが、それは違うだろうと言いたい。


それは、先にも書いたが菅首相が政権党の重要課題をそっちのけで「小沢切り」に邁進した結果なのであり、その責めは菅政権にあるのである。また、その責めの一端は毎日新聞社などのマスコミにもある。


それを、社説では『小沢元代表に対する処分問題に端を発した今回の反乱が、菅首相を退陣に追い込む倒閣運動であることは誰の目にも明らかだ。』とするが、16人の意見は「マニフェストを大切にしたい」それをしない今の菅政権はおかしいと言っているだけである。至極最もな意見である。先の衆院議員選挙では多くの国民は民主党のマニフェストを評価して投票したのである。そのマニフェストを実行するためにどれだけ努力したのかが問われているのである。それは簡単ではないことは国民も理解しているはずだ。しかし、そのマニフェストを実行することが民主党の国民に対する責任であり使命ではないのか。


社説では原則論だけではと切り捨てるが、私は一人の国民としてマニフェストを実行してくれる民主党に期待しているのである。「一生懸命努力した結果、抵抗勢力とも闘った結果、日本のシステムを変えた結果できないこともあります」と言うなら理解もできるが…。

その姿は、菅首相からは無いのです。少なくとも、優先順位を決めて実行して欲しい。しかし、消費税増税やTPPなど先の選挙で公約してないものは選挙で信を問うべきだ。

私には、16人の造反組が余程国民の生活を考えている行動だと思える。菅首相からはそれは見えて来ないのです。


その実行のためには、生半可な政策では覚悟ではダメなのである。官僚改革も然りである。天下りの禁止を唱っているはずが、菅首相になってから多くの天下りが実行されている。政権交代は革命であると言うぐらいの意気軒昂な声が民主党政権誕生時に聞こえてきたが、それこそ延々と「そんなことしている場合か」という、マニフェスト実行のために党内を一致団結、結束して抵抗勢力と闘わなければならないはずの菅首相は、逆に抵抗勢力の罠にはまって民主党の内部抗争の闘いに突き進んでしまった。これが最大の失敗だ。


毎日新聞に聞きたい、政権交代してからマニフェスト実行の為に一つ一つ検証する記事を書きました?私はできていないと思うのですが。新聞社にはもっともっと政策中心の取材活動、記事を紙面で示して欲しい。政局報道中心の政治記事はうんざりです。

それと、この社説からは「小沢憎し」と言う本音が透けて見えるのですが、私の思い違いですか?何故、起訴になったからには裁判の結果を待てないのですか?冤罪と言うこともありますね、その時には貴社はどうするのですか?


今や冤罪をも自らの組織のためには作り出すことが明らかになった検察が長期間に渡って調査した結果が二回の不起訴という結果を重く受け止めなくてはいけない。このまま裁判になっても小沢氏は無罪になる可能性が高いという専門家は何人も出ている。推定無罪ということもある。いままで冤罪で大変な目に会い人生を台無しにした人も出ている。判決がでるまでは推定無罪、犯人でも何でもないのである。この事を大切にしなければこれからも被害者は出るだろう。だからこそ、小沢氏の件も裁判になって判決が出るまでは無罪なのである。そのことを政治の側から明確にすることは大切であると考える。政治家の人権が守れないのに一般国民の人権はもっと弱い立場だからであると考える。


戦後延々と続いた自民党政権下での政府組織、官僚組織、それに関係するあらゆる組織(新聞、テレビも含む)は民主党政権になって守旧派になったのである。抵抗勢力なのだ。

その抵抗勢力は、民主党政権になってその攻撃の的を小沢氏にしたのである。それは小沢氏が一番の強敵だからだと思う。小沢氏さえ排除すれば民主党政権は怖くないと考える勢力があるのだと私は思う。




今までの新聞やテレビなどの報道からは真実や事実は出て来ないと言っても過言ではないだろう。

しかし、最近ではインターネットやツイッターなどで政府やマスコミを介さないで生の情報が国民の手に入るようになってきた。それによりこの半年ぐらいで世界の情勢は劇的な変化を起こしている。チュニジア、エジプト、リビアなど凄まじい変化である。


その時代に、この毎日新聞のような社説がいつまでも正論であるはずがないと信じてペンを置く。



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2011年2月19日土曜日

田舎で見つけたネムニューンと言う野菜たっぷりの料理

ダクラック県のブンメートット市で見つけたお気に入りの料理を紹介します。名前はネムニューン(NEM NHUNG)と言って、上の写真にあるような各種野菜や豚肉の焼いた物や麺をぐるぐると巻いてタレを付けて食べます。生春巻きを自分で作るようなもんかな。
上の写真はその豚肉を竹串に巻き付けている作業中です。これを焼いて串を取った物が皿に出てきます。

生野菜を一皿分食べるので、健康に良さそうですね。豚肉が少々だからヘルシー料理です。テトの前後にお客はいつも店内で一杯でした。

一人分、25000ドン(120円)也。

テト休暇中に4回も食べにいきました。
ホーチミン市で食べれる所ないかな?


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2011年2月17日木曜日

FUEL INJECTION PUMP TEST STAND の日本製をベトナムで買いたい人がいます

FUEL INJECTION PUMP TEST STAND の日本製をベトナムで買いたいベトナム人がいます。燃料噴射ポンプテスト装置とでも訳すのでしょうか。下の写真は現在ベトナムのある地方都市で使っている物です。中国製か韓国製とか言ってます。

日本製の物を購入したいとベトナム人は言っていますが、機械について私はさっぱり分からないので、写真だけ撮りました。

まず、日本製があるのか?あるなら、ベトナムで買えるのか?
メーカーは?販売会社は?ホーチミン市で扱っている商社は?
など、分からないことばかりです。詳しい方がいたら教えてください。jlty.ishi06@mac.com このアドレスにメールをいただければ嬉しいです。




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■過去に向き合うことが「これから」をつくる/転載

イラク戦争を真っ先に支持した当時の自公、小泉政権の検証は必ず行う必要があると思っていましたが、ようやくその動きが始まったようです。張本人の米国ではブッシュ元大統領自身が間違った情報で行ったと言ってるとの情報をあるぐらいです。日本での検証を支持します。以下は転載記事です。 池住義憲は私の尊敬する知人で、名古屋高裁でのイラク自衛隊派兵違憲判決を勝ち取った訴訟団の代表です。
_________


『過去に向き合うことが ”これから”をつくる』
~~イラク戦争支持と自衛隊派兵の「検証」問題~~

              2011年2月17日
                  池住義憲

 2月4日(金)、東京都議会総務委員会が「イラク戦争の第三者検証委員会設置を求める意見書の提出に関する請願」を趣旨採択しました。総務委員会13名中7名の賛成(民主党、共産党、生活者ネット)での択です。来る3月11日都議会本会議で採択される予定です。これが実現すると、地方自治体としては最大議会である都議会の過半数が検証委設置の趣旨に賛成することになります。

 2月11日(金)、市民グループの主催で東京で「イラク戦争検証シンポジウム」が開催されました。日米同盟”深化”が進められている状況下で、「なぜ、何のために」「何を」「どのように」検証する必要があるかが語り合われました。出席者は115名。詳細は録画Ust「http://ustre.am/:QWdd」で見ることができます。最初の30分ほど欠けていますが、約2時間の録画映像です。

 これには、昨年12月に結成された「イラク戦争を支持した政府の判断を検証するための議員連盟」の会長斉藤勁議員も出席され、市民グループ作成の「検証内容主要ポイント」メモを手渡しました。議連は、まず検証委の趣旨・目的設定、位置づけ、構成、付与権限などを検討することが喫緊の課題ですが、検証内容の具体的イメージをより明確にしていただく参考資料として渡したものです。

 今後準備が進むなかで、「戦争支持」「自衛隊派兵」という政治決断プロセスや政策決定プロセスに焦点を限定するか、それに加えてODAを含む「復興支援」内容とその効果等も検証対象内容とするかは、議連および政府での判断によって定まっていくのではないかと思います。3月ころまでに菅首相宛に対して検証委員会設置の要請書を提出する方向で進められていくと思います。

 以下は、解放出版社からの依頼で執筆したイラク戦争支持と自衛隊派兵の検証問題に関する原稿です。今まで送信したものにさらに最新状況を書き加えたもので、2月11日シンポジウムでの発言内容に共通するのもです。

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  過去に向き合うことが 「これから」をつくる
~~イラク戦争支持と自衛隊派兵の「検証」問題~~

                2011年2月14日
                   池住義憲

■なぜ「検証」が必要か
 イラク戦争は、まだ終わっていない。米英によるイラクへの軍事攻撃開始(2003年3月20日)から8年経った今も、続いている。日本はイラク戦争を「支持」し、約5年にわたって自衛隊をイラクに「派兵」し続けた。

 名古屋高裁は、2008年4月17日、イラクにおいて行われている航空自衛隊の空輸活動は「他国による武力の行使と一体化した行動」であって憲法9条1項に違反すると判断した(2008年5月2日確定)。

 裁判所が憲法違反とした行為を、政府はなぜ行なったのか。誰が、いつ、どのような情報に基づいて、誰と協議したのか。どのような理由で、誰が決断・決定したのか。国民(在留・在日外国人を含む)および国会に対して、どのような情報を開示し、説明責任を果したのか否か。今なすべきことは、そうした政府の戦争支持行為と自衛隊イラク派兵行為に至った政治決断プロセス、政策決定プロセスを検証することである。

 なぜ「検証」が必要か。それは、同じ過ちを立法府と行政府に犯させないためである。過去を振返れば、検証なきところ、過ちが繰り返され続けている。

 15年戦争に対する徹底した総括と検証がなされなかった故に、過ちが繰り返されている。朝鮮戦争・ヴェトナム戦争への出撃拠点提供、湾岸戦争への支援・協力、自衛隊の海外派兵(1991年のペルシャ湾へ機雷除去のために海自派兵、1992年カンボジアへの陸自派兵など)、アフガン戦争・イラク戦争の支持と戦地への自衛隊派兵、そして現在は海賊対処法に基づいてソマリア沖アデン湾への陸海空三軍にわたる自衛隊派兵とジプチでの自衛隊基地建設など。

 ジプチでの自衛隊基地建設は、戦後日本にとって初の海外軍事基地となる。ここまで拡大、”深化”してきている。9条があるにも拘わらず、である。

■オランダ、英国の動き
 2003年末から2005年までイラク南部に約1,400人の部隊を派兵したオランダ政府は、2010年1月、独立調査委員会の報告書を発表した。オランダ政府が米英軍によるイラク侵攻を支持した問題を調査・検討した報告書で、550ページにのぼる。2009年2月にバルケネンデ首相の指示を受けて調査を開始し、約10ヵ月間にわたって調査したものである。

 報告書は、2003年3月米英軍のイラク侵攻は、「国際法上の合法性を欠く」とし、イラク侵攻を支持したオランダ政府の決定は正当化できない、と結論づけた。米英両政府がイラク侵攻の法的根拠とした2002年11月の国連安保理決議1441は「個々の国連加盟国に軍事力行使を認めていると合理的に解釈できない」とし、また、1990年代の安保理決議も軍事力行使の「合法性を付与しない」とした。そして、イラク侵攻がイラク体制転覆の意図を隠し持っていたことも国際法の支持を得られるものではなく、オランダ政府はその違法性を認識した、と指摘した。

 報告書はさらに、①オランダ政府は情報源を米英の情報機関に頼っていたこと、②情報開示が不十分で派兵決定が国会で十分に議論されていなかったこと、③当時の外相で後に北大西洋条約機構(NATO)事務総長を務めたデホープスヘフェル氏がわずか45分間の打ち合わせで派兵方針を決め、バルケネンデ首相はほとんど関与しなかったこと、などを指摘・批判している。報告書が指摘したこうした問題は、オランダ議会での審議に資されている。

 英国は、英国部隊の撤収が完了した2009年7月末より、大量破壊兵器をめぐる情報操作やイラク参戦問題を幅広く調査する「イラク調査委員会」(UK Commission、ジョン・チルコット委員長他に歴史 学者2人、外交官1人、公務員1人の計5人)を設置し、公聴会を開いて調査・検証を進めた。政府から独立した調査を行うことを旨とし、調査のプロセスを公開で行い、2011年2月までにブレア前首相やブラウン現首相を含む100名近くの証人喚問を行なった。

 2011年1月には、2001~2007年まで法務長官を務めたゴールドスミス氏の書面による証言も公開した。その書面によると、ゴールドスミス氏はイラク戦争開戦前の2003年1月にブレア首相にイラクへの武力行使を正当化するには国連安保理の追加決議が必要だと助言。しかしブレア首相は、追加の安保理決議は「望ましい」としながらも、場合によっては「必要とせず」として助言を無視し、イラクへの武力攻撃に踏み切った政策決定プロセスが明らかにした。報告書は2011年夏までには公表される予定である。

■一方、日本政府は…
 日本政府は、どうか。小泉・安倍・福田・麻生・鳩山・菅各政権では、「イラク戦争支持」判断と「自衛隊イラク派兵」行為の検証をまだ行っていない。戦争支持と自衛隊イラク派兵に至った政治決定、政策決定プロセスはどうであったのか。憲法・国際法・法律およびシビリアン・コントロール(文民統制)・トランスパランシィ(透明性、情報公開性)・アカウンタビリティ(国民への説明責任)の視点からみてどうだったのか。戦争支持とイラクへの派兵の結果、イラクが今どうなっているかの総括・検証も、ない。

 検証作業の必要性については、2007年5月15日、当時の自公政権がイラク特措法を2年延長する法案を衆院本会議で採択する際につけた附帯決議第4項に書かれている。第4項は、イラク戦争開戦時にあるとされた大量破壊兵器が発見されなかったことを踏まえて日本政府は、「イラク戦争を支持した当時の政府判断について検証を行うと共に、今後十分な情報収集・分析体制の強化に努めること」と明記されている。

 この附帯決議は、当時野党であった民主党が強く主張し、取り入れさせたものである。ゆえに、現民主党中心政権にとって検証作業は、立法府・行政府が国民(在留・在日外国人を含む)に対して行なった約束であり、国民に対して果すべき責任・義務なのである。

 そうした中で、2010年12月、「イラク戦争を支持した政府の判断を検証するための議員連盟」が結成された。民主、社民、共産3党と無所属など国会議員18人で発足した(会長:斉藤勁民主党衆院議員、事務局長:大野元裕民主党参院議員)。議連は近々、菅内閣に対して第三者検証機関の設置を提言する予定である。

 前原誠司外相は2011年2月14日の参院決算委員会で、米英両国などによるイラク戦争について次のように述べた。「日本が協力したことが良かったのかどうなのか、冷静にもう一度、歴史も踏まえて検証しなければいけない」「当事国の米英でさえ、自らの政策が正しかったかどうか見直しを行っている。日本としても、そういったことをしっかりやらなければいけない」。米国の行動を支持した小泉政権の判断の検証が必要との考えを示した。

■過去に向き合うことが「これから」をつくる
 実は日本政府も、過去に一度だけ、検証を行なったことがある。1951年に吉田茂首相が外務省の若手政 策担当者に対し、なぜ日本は軍部の暴走を許して戦争に突き進み敗戦に至ったのかの調査を命じた。しかし、それがまとめられた調書『日本外交の過誤』(外務省極秘文書)が公開されたのは半世紀後の2003年4月であった。

 調書は、満州事変、第二次世界大戦などを日本の外交の失敗と認め、その事態に陥った理由を分析していた。もしこの文書が公開され、国会における様々な審議に資されていれば、日本の進むべき方向と在り方は変わっていたかもしれない。

 私たちは、天災は止められないが、戦争を止めることはできる。戦争は人間が決断・決定によって起きる人為的行為だからだ。検証は糾弾でなく、法による裁きのために必要な事実究明、事実解明作業である。戦争支持・戦争協力に至った政治決断と政策決定プロセスという事実を事実として究明・解明することは、「これから」を創るために欠かすことができない。

以上

【参考文献】
『吉田茂の自問―敗戦、そして報告書「日本外交の過誤」』藤原書店、2003年
『自衛隊イラク派兵差止訴訟全記録』風媒社、2010年
『自衛隊のイラク派兵差止訴訟 判決文を読む』角川書店、2009年


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2011年2月16日水曜日

うどんのようなブンドー(BUN DO)

日本のうどんのように少し太い麺のブンドー(BUN DO)という食べ物をダクラックのブンメートットで見つけました。

山岳地帯なので夕方になると寒くなります。住民は写真のように防寒着を着ています。シャツだけでは寒過ぎます。

夕方の寒さが身にこたえる時にアツいブンドーを食べると体が温まり美味しいです。ただ、他のフォーのように生野菜は付かないのです。値段は15000ドンだったかな?うろ覚えです、すみません。安い!と思ったのですが。

今、写真を見るとカメラを嫌がらないで映ってくれた親娘はそっくりですね!

ベトナムでは、こうして屋台で働く人を見ると、親子で働く姿が何処へ行っても見ますね。何か、微笑ましい風景ですね。
もう日本では見られなくなった光景です。




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2011年2月14日月曜日

ベトナムの花咲か娘

昔々、ベトナムという国に「花咲か娘」という娘がいました。
ベトナムはダクラック県のブンメートットという町に、テト前になるとその娘は木に登り枝から枝へと指先で触りながら黄色いテトの花と言われる「ホア、マイ」の花を咲かせていきましたとさ。

毎年、カフェに来る客を楽しませるために花を咲かせていましたが、どの歳からか伝説の花咲か娘は現れなくなりました。
今では、カフェの娘たちが自分たちで毎年花を咲かせているとのことです。毎年、良い年になるようにと…。目出たし目出たし。




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2011年2月13日日曜日

コーヒーのメッカ!テトが近い日にて

ダクラック県の都市ブンメートットでTrung Guyen Caffeeの本拠地のカフェをテトの数日前に訪問した。
広い庭園の中にコーヒーの木が植えてありコーヒーの実が成っている。
一本の木に数人のベトナム人スタッフが集まって何やらしている光景に出会う。観察していると、その木に花を咲かせる作業中だと分かった。テトだから。
下の写真は、私がテト期間中に毎日のように通ったカフェである。テト期間中も無休で営業なのが嬉しいね。




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2011年2月12日土曜日

アオザイはいいな!!

テト休暇で旅したブンメートットの町でテトの3日にアオザイ姿の女性に会いました。
白のアオザイ姿、いいですね…。




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2011年2月10日木曜日

テト休暇の終わり、究極の座席!!

 テト休暇も終わりました。
ダクラックからホーチミン市へのバス車内での出来ごとを一つ。

下の写真は何だと思いますか。
バスの従業員がバスのフロアーで寝ている姿です。
ダクラックからホーチミン市へは約8時間かかります。
朝時に出発して12時半ごろに休憩所に到着、約30分休憩してまた出発ですが、この時に2人いるバスの従業員が交代して運転します。

朝から約4時間運転した運転手が交代してから、私の横のバスの床で何か始めました。
何を始めるのか?と思うと、どうやらハンモックのような物を持ち出してるのでピンと来ました。「ハンモックで寝るんだ!」でも何処で??

その運転手は座席の肘掛けの所に器用にハンモックの端を結びつけてご覧のように寝出しました。慣れた動作ですのでいつもの事でしょう。

驚いているのは外国人の私一人でしょう。
ベトナムでは当たり前の事でしょう。

何故、私がこの事に拘るかと言うと、12月にファンランと言う所にバスで行った時に、トンデモナイ乱暴運転で態度の悪いバスの従業員に出会ったからです。
その時の、従業員がやはりバスの車内で寝ようとして、その時には床に布を敷いてそのまま寝ようとしてました。

今度は、ハンモックです。
私のすぐ横で寝出した運転手、運転の疲れを取るには究極の座席かも知れません。横になれて、究極のエアークッションです。

あまりにもすぐ横で距離が取れないので全体像が分かりにくいですがハンモックに寝ている運転手の姿です。

良いとか悪いとかの基準で考えるのは止めにしますが、あと10年後にこの状況はどうなっているのだろう?
と思いましたが…。






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2011年2月8日火曜日

ベトナムは若者の国だ!

ここダクラックの田舎にいて感じることは若者が多いと言うこと。

昼に鍋料理やへ行っても、カフェへ朝行っても、学生らしき若者の集団で店はの中はいっぱいだ。

ベトナムの平均年齢が若い事をあらためて実感した。

2011年2月7日月曜日

ベトナムの田舎のテト、外国人は暇暇暇!

ベトナムの正月も外国人にとっては暇だ。
喧騒のホーチミンを抜け出して二週間ほどダクラックのブンメートットに滞在中だが、そろそろホーチミンに帰りたくなった。

毎日、朝コーヒーを飲んでも何杯も飲めるものではない。
いくら美味しいといっても。

昨日は、朝早く宿に宿の近くのベトナム人の訪問を受けた。突然の前触れもなく訪問するのはベトナム人のお得意だ。
こちらも驚くがコーヒーを付き合うが、その後も遊びに誘われて結局午後3時ごろまで付き合った。

そのベトナム人の知り合いの家にバイクで一時間ぐらい走り二軒も訪問する。
バイクで1時間も走ると、田舎だ。トイレももちろん水洗ではない。日本での40年前の子供時代を思い出した。

その田舎のまた田舎の食堂で魚鍋をご馳走になった。地魚にホビロンをぶち込んだ精力がつきそうな鍋だった。
それにチャオというベトナム風お粥が入っている。この鍋一つでたんぱく質も炭水化物も取れる便利な鍋だった。
側に野菜の微塵切りがあるので一緒に食べる。

その食堂にニ組以上の若者集団が来ていた。店全体の客が20代前後の若者集団で一杯と言うのは圧巻だ。
日本では到底見られない光景か?いや、学生街ならあるか。
しかし、ここはベトナムの田舎だ。あらためてベトナムの平均年齢が若い事を実感した。

聞けば、殆どホーチミンやダナンなどの町の大学へ行っている学生たちが帰省してるとのこと。納得。

それに、今のブログを書いている朝も、カフェに来る客は私意外は学生風の若者ばかりだ。
ベトナムは若者で持っていると実感。これだけ見てもベトナムの未来は未来があると思わされる。

日本でも私が若い頃は、田舎から出ている若者は毎年の様に正月は帰省したものだが、いつか段々と何年かに一回帰る様になった。帰省が当たり前が、帰らない事が多くなると、次第に田舎の事を忘れる事が多くなったのかも知れない。
段々と核家族が進んで行った。

それが、今では孤族という言葉までマスコミが使うような時代になったのが日本だ。

日本語を学習する学生は、高い収入の為に日本語を学習するが、日本の文化を勉強するなかで上記の様な日本の現状も知る。
日本の文化は良いところもあるが真似をしたくない面もあると理解している。

家族の絆をとても大切にする今のベトナムの生活文化は無くさないで欲しいと、無くした日本人の一人は痛切に思う。

最近、宿の学生が日本に留学する件で、色々と日本に住む日本人や関係者と交流するなかで、貧しくとも精神豊に生活しているベトナム人の誇りは素晴らしいと感じた。
高い情報機器を買うお金とそれを持っている事ぐらいしか自慢出来ない日本人の一部を見て、それが、無かったら何が残るのか?
何かさみしい気持ちを感じた。


気がついたら、周りを見ると、20人前後はいる客の全員が若者だ、年寄りの私はそろそろ退散しよう。

2011年2月4日金曜日

エジプトのカイロから生情報/転載

<転送?転載大歓迎>

昨日2月3日から外国人拘束、特にジャーナリストへの拘束が強化されました。アルジャージーラなどは真っ先にターゲットにされて、多くの記者が拘束、勾留され機材も没収されています。私自身も昨日の午後2時から7時過ぎまで拘束されていました。路上にて軍と警察の警備のもとパスポートと携帯を取り上げられての拘束。ソフトでしたが、当然のごとく理由を告げられずの拘束でした。その過程で、携帯のsimカードが盗られました。ですので、現在、携帯が繋がりませんのであしからず。

拘束中に真っ先に脳裏に浮かんだのは、外国人を大量拘束した後に、遮断してタハリール広場のムバラク退陣派の人々を虐殺、軍事弾圧するのでは、ということでした。   

拘束から解かれて、タラート?ハルブ通りをタハリール広場へと向かいました。一昨日までとは違い、通りには人影はまだらで、いくつもの警察、軍そしてムバラク派の市民の検問がありました。広場の近くのホテルへ戻らなければと?をついて、どうにかタハリールへ潜り込めましたが、その渦中でビデオのメモリーカードを盗られました。まあ、カメラが奪われなかったのが幸いです。

広場には、ジャーナリストの姿は数人程度。弾圧する側にすれば、ある意味、最高の条件が整っていたので、自分には伴走して発信していくことしかできないので、そのままタハリール広場でみんなと一緒に野宿しました。多くの人々が1週間以上、野宿して留まっています。昨日でも10万人程度はいたと思います。幸い一昨日の夜とは違い、投石も飛び交う事無く、主立った銃撃もありませんでした。

広場近くには、有志によってモスクを利用した緊急診療所が開設され、そこが中心と成って、路上診療所が数カ所あります、今朝の10頃まで踏み場も無い程の込みようでした。責任者の話しでは、そのモスクの診療所のみで約650人の負傷者が、昨日の攻撃のみであったということです。

闘いの最前線となっているエジプト博物館横前の路上診療所で確認した所、その場所のみで350人程度だとのことです。その他に、数カ所あるのですが、そこでは未だ確認できていません。昨日早朝のムバラク支持派の銃撃により3名が即死、6名が重傷で、離れた病院に搬送されたとのことです。そこまでが私が確認出来た範囲です。ですが、エジプト国営放送(現政権のプロパガンダでしかない)発表でも、この3日間の死者は15人ですから、それ以上であることは間違いないでしょう。

本日は、金曜礼拝にあたり午後11時で100万人以上の市民がタハリールに詰めかけ、さらにこの数時間で増えそうです。今の所、タラート?ハルブ通りには警察?軍隊、そしてムバラク支持派による検問がありませんが、通りを一本隔てれば、支持派で占められていたりするので注意が必要です。

昨日の拘束時間中は、兵隊がマシンガンを携えジープにて徘徊、特殊部隊も重装備で巡回していましたが、今日は今の所大丈夫です。が、予断は出来ません。アルジャジーラを始め大規模かつ事実を報道する機関が徹底的に弾圧されていて、反体制派の弾圧と摘発が昨日から始まっています。

引き続きの関心と、呼びかけ、大使館への直接行動などよろしくお願いします。
そして少人数とはいえ、昨日、東京のエジプト大使館に抗議行動のため詰めかけてくれた皆さん、ありがとう。その声をエジプト人に伝えていました。本当に喜んでいました。

我々は、同じです。繋がっています。引き続きの連帯をお願いします。共に!!

ユーチューブへの動画アップも可能な限り行って行きます。http://www.youtube.com/watch?v=pFyLXUQMlNo
facebook sakaguchi koichi もチェックしてみて下さい。


阪口 浩一 カイロにて
新たな携帯番号を手に入れました。必要であれば連絡ください。出れない時はご免なさい。0020?152?4368805

From: mtaka2009@hotmail.co.jp
Subject: FW: カイロ現地、デモクラシーナウ
Date: Fri, 4 Feb 2011 18:35:53 +0900


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・ガイドライン: http://rd.yahoo.co.jp/egroups/050616info/3.html 

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なお、投稿者は本メールの送信者欄に表示されている方です。

2011年2月3日木曜日

Chuc mung nam moi 祝ベトナム正月

旧正月、ベトナムのテト、明けましておめでとうございます。

今年のテトはベトナムのダクラックという町で迎えました。
昨日までのダクラックのブンメートットという町の中心は、曇り空が多かったのですが今日は真っ青な空で快晴です。
ただ、風が強いのが難ですが。

朝は、と言っても遅い朝で10時過ぎに宿の近くのお寺にお参りに行きました。
まずは我が身の健康と、日本に居る息子たちの健康と、諸々のお願いをして最後は世界が平和になりますように。

昨日の大晦日の夜は、夜中の10時過ぎから町の中心部で花火が上がりました。
宿の外に出て通りから花火を眺めていると、なんか大晦日の雰囲気が少ししました。

夜中の0時、また、外で花火の音がしました。
でも、日本のようなお寺の鐘が聞こえてこないのですね。

平和な穏やかな大晦日でありました。

しかし、世界は激動の年明けのようです。エジプトの情勢もどうなるか。中東全体が今年は大きく変化するでしょう。
米国の影響が変わるでしょう。

でも、日本はどうなのか?今日の東京新聞に「どうして日本は静かか?」との記事が載ったそうです。詳細は分かりませんが、日本も本来はデモや騒動が起きてもおかしくないのに何故なのか?との問いかけなのか。


どちらにしても、激動の年明けのようです。日本にも革命が起きて欲しいと願うテトです。

エジプト、アラブの民衆と連帯を/転載


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■混乱と略奪。 エジプトデモではこういう報道がひっきりなしに流れているが、自警団を設けボランティアをするエジプト人の自発的動きはますます広がっている。無秩序は現政権の利益になるだけだとし、市民が自身の手で自分たちの革命を守ろうと立ち上がっている。歯科医師 カルリド トゥピクは 「私たちは世界
に政府や警察がなくとも我が国を管理できることを見せてあげたい」 と話した。アレクサンドリアのボランティアメンバーらは交通、清掃、治安、非常事態の4領域に分かれて仕事をしており、ボランティアメンバーであることを示すために人民委員会と書いたバッジをつけたり腕章を巻いている。市民らはその表示を見て自然に話しかけたりもしている。

 首都カイロでは献血の行列が続いた。30日カイロ最大の病院であるカイロ大学病院には献血待機者1000人余りが列を成していたと<エルサレム ポスト>は伝えた。 デモ途中にケガ
をした人々の治療のために血液が必要だという便りに、市民たちが集まった。 カルリル レパイウミは献血台に横になり 「これはエジプトのため
の血」 と話した。 病院副院長 ジェハード エラタは「(献血に参加した人々は) 困難な時に互いに助けあう本物のエジプト人」 と話した。 カイロ
市民3000人余りは ‘怒りの金曜日’ と命名された28日のデモの時、エジプト博物館の一部遺物が略奪されると「遺物は私たち皆の財産」 としながら、人間の帯を作り博物館を
守った。チャヒ ハワス エジプト古代遺物最高委員会委員長は「棒だけでかろうじて武装し、博物館を守った若者たちが非常に誇らしい」 と話した。

http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1391201.html
ハンギョレ・サランバン 2011年02月02日(原文入力:2011-02-01午後09:42)

チョ・キウォン記者garden@hani.co.kr

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■阪口 浩一です。現在、エジプトのカイロにいます。(中略)今日も100万人を超える市民がタハリール広場に結集しましたが、昨日までの平和的な状況とは違い、ムバラク支持派のデモ隊が広場を襲いました。最初にムバラク支持派が突っ込んだのは、午後2時半頃です。それを切っ掛けに、投石が両者の間で起こり、現在まで続いています。私が確認できた範囲でも、現地時間の6時半までで500人以上が負傷しています。

衝突の中、ムバラク支持派の人間が複数、民主化要求派に捕まり話した頃では、刑務所を出す条件として、タフリール広場のデモ潰しを条件に出され、かつ500ポンド受け取ったと言う事です。人によっては1000ポンド受け取った人間もいました。全部がとは断定出来ませんが、かなりの数の人間が、デモ潰しの為に動員を掛けられているのは事実です。

それを証拠に(中略:文字化けで3行判読できず)現在は、数日振りに火炎瓶が飛び交い緊張した状況が続いています。これを口実に、ムバラクが武力制圧に出る事は十分に考えられます。

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■みなさま
栗田禎子(中東研究・千葉大)です。
エジプト情勢に関し、緊急のお願いです。

ご存じのように、数時間前から、政府側の私兵集団的な人々がタハリール広場に乱入し、デモ参加者への攻撃を始めました。
先ほどカイロの知人から電話で、「「衝突」というよりは「虐殺」に近いことが起きつつある。すぐにやめさせるよう、日本外務省や在日エジプト大使館に働きかけて欲しい」、と(ほとんど悲鳴のように)言われました。

至急、外務省やエジプト大使館に対する訴えかけをしていく必要があります。

無防備の市民に対するこのような暴力・虐殺は一刻も早く止めるべきであることを、さまざまな形で発信して下さい。

栗田禎子


2011年2月1日0:49 OHTA, Mitsumasa <otasa@nifty.com>:

[転送・転載歓迎します。重複受信の際はご容赦ください。]

Avaazから来たメールを翻訳して紹介します。民主主義革命に立ち上がったエジプト人たちを傍観するわけにはいきません。署名をよろしくお願いします。

署名サイト
https://secure.avaaz.org/en/democracy_for_egypt/?vl
独裁政権打倒に立ち上がったエジプト人を支持するAvaazの署名運動
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/183460487.html
エジプト大使館
http://www.embassy-avenue.jp/egypt/index-j.htm

太田光征
http://otasa.net/



友人の皆様

抗議に立ち上がった勇敢なエジプト人たちは今後数時間で、エジプトとその周辺地域で独裁が勝つのか、それとも民主主義が勝つのかを見定めることになるだろう。これらのエジプト人たちは国際連帯を訴えている。これに大きく応えよう。そして各国政府にも勇敢なエジプト人たちを支持する責任があることを分からせよう。声明に署名を!

https://secure.avaaz.org/en/democracy_for_egypt/?vl

声明:
私たちは、自由と基本的人権、弾圧とインターネット統制の停止、速やかな民主主義改革を要求しているエジプトの人々を支持する。私たちは、自国政府が私たちと共にエジプトの人々と連帯するよう求める。

署名方法:
すでにAvaaz に登録している人は、「Already an Avaaz member?」のEmail欄にメールアドレスを入力し、赤いSendをクリック。
初めての人は、下の「First time here?」のName、Email、Country、Post
Code(郵便番号)、Cell/Phone(電話番号)の各欄に入力し、赤いSendをクリックしてください。

何百万人もの勇敢なエジプト人たちは、今まさに運命の選択を迫られている。この数日間で数千人が投獄、傷害を受けるか、殺害されてしまった。しかし平和的な抗議をたたみかければ、何十年間も続いた独裁を終わらせることができるだろう。

抗議に立ち上がった者たちは国際連帯を訴えているが、独裁政権はこのような事態における連帯の力を知っている。だからこそ独裁政権は死に物狂いでインターネットとモバイルネットワークを完全に遮断し、エジプト人たちを世界から隔絶させ、エジプト人同士の連絡を絶とうとしている。

しかし衛星ネットワークとラジオネットワークで体制による情報統制を打ち破ることができる。巨大な連帯の叫び声を電波に乗せて溢れ返させ、私たちがエジプト人たちに支持していること、自国の政府にも支持する責任があることを分からせるつもりであることを示そうではないか!状況は時々刻々、転換点にある。下をクリックして連帯メッセージに署名をし、このメールを転送してほしい。

?https://secure.avaaz.org/en/democracy_for_egypt/?vl?

ピープルパワーが中東を席巻している。過去には平和的な抗議で30年に及ぶチュニジアの独裁を打倒した人々がいた。今は抗議行動がエジプト、イエメン、ヨルダン、さらにその外に拡大している。これはアラブ世界におけるベルリンの壁運動になり得るものだ。独裁政権がエジプトで倒れれば、民主主義の大きなうねりがこの地域全体を呑み込むだろう。

エジプトの独裁者ホスニ・ムバラクは、集会の弾圧を画策した。しかし信じられないほどの勇気と決意でもって、抗議者が集まり続けている。

権力によってではなく、人民によって歴史が書き換えられる瞬間がある。今回がそれだ。普通のエジプト人たちによって今後数時間で示される行動は、自国とその地域、私たちの世界に甚大な影響を及ぼすだろう。 私たち自身がこれらエジプト人たちの闘いを支持すると誓うこと
で、励ましてやろうではないか。

?https://secure.avaaz.org/en/democracy_for_egypt/?vl?

ムバラク一族は国を離れたが、ムバラクは昨夜、軍に街へ出るよう命じた。ムバラクは不気味な口調で、自身が「カオス」と呼ぶもののためには一切容赦しないと公言した。いずれにしても、歴史は今後数日で決まるだろう。この時をもって、地球上のあらゆる独裁者に対して、連帯した人々の勇気にいつまでも抗えないことを示す瞬間としよう。

希望とエジプト人民に対する尊敬をもって

Ricken、Rewan、Ben、Graziela、Alice、KienほかAvaazチーム一同

詳細情報:

激動のエジプト:大抗議行動を受け警戒態勢が敷かれる
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-12303564

エジプト政府がインターネットを遮断
http://www.renesys.com/blog/2011/01/egypt-leaves-the-internet.shtml

北アフリカ:ドミノ倒しはこの地域で起こるか?
http://allafrica.com/stories/201101280659.html

息子と妻の逃亡でエジプトのムバラクは終わりの始まり
http://www.ibtimes.com/articles/105117/20110126/beginning-of-the-end-for-egypt-s-mubarak-as-son-and-wife-flee.htm

アムネスティ・インターナショナルがデモの弾圧を非難
http://amnesty.org/en/news-and-updates/egypt-must-stop-crackdown-protesters-2011-01-26

エジプト人活動家が定期的に情報を更新しているサイト
http://www.elshaheeed.co.uk

エジプトにおけるデジタルフリーダムを求めるACCESSキャンペーン
https://www.accessnow.org/page/s/help-egypt

Avaazコミュニティーのご支援を!私たちはすべての資金を寄付でまかなっており、政府や企業か