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2011年2月7日月曜日

ベトナムの田舎のテト、外国人は暇暇暇!

ベトナムの正月も外国人にとっては暇だ。
喧騒のホーチミンを抜け出して二週間ほどダクラックのブンメートットに滞在中だが、そろそろホーチミンに帰りたくなった。

毎日、朝コーヒーを飲んでも何杯も飲めるものではない。
いくら美味しいといっても。

昨日は、朝早く宿に宿の近くのベトナム人の訪問を受けた。突然の前触れもなく訪問するのはベトナム人のお得意だ。
こちらも驚くがコーヒーを付き合うが、その後も遊びに誘われて結局午後3時ごろまで付き合った。

そのベトナム人の知り合いの家にバイクで一時間ぐらい走り二軒も訪問する。
バイクで1時間も走ると、田舎だ。トイレももちろん水洗ではない。日本での40年前の子供時代を思い出した。

その田舎のまた田舎の食堂で魚鍋をご馳走になった。地魚にホビロンをぶち込んだ精力がつきそうな鍋だった。
それにチャオというベトナム風お粥が入っている。この鍋一つでたんぱく質も炭水化物も取れる便利な鍋だった。
側に野菜の微塵切りがあるので一緒に食べる。

その食堂にニ組以上の若者集団が来ていた。店全体の客が20代前後の若者集団で一杯と言うのは圧巻だ。
日本では到底見られない光景か?いや、学生街ならあるか。
しかし、ここはベトナムの田舎だ。あらためてベトナムの平均年齢が若い事を実感した。

聞けば、殆どホーチミンやダナンなどの町の大学へ行っている学生たちが帰省してるとのこと。納得。

それに、今のブログを書いている朝も、カフェに来る客は私意外は学生風の若者ばかりだ。
ベトナムは若者で持っていると実感。これだけ見てもベトナムの未来は未来があると思わされる。

日本でも私が若い頃は、田舎から出ている若者は毎年の様に正月は帰省したものだが、いつか段々と何年かに一回帰る様になった。帰省が当たり前が、帰らない事が多くなると、次第に田舎の事を忘れる事が多くなったのかも知れない。
段々と核家族が進んで行った。

それが、今では孤族という言葉までマスコミが使うような時代になったのが日本だ。

日本語を学習する学生は、高い収入の為に日本語を学習するが、日本の文化を勉強するなかで上記の様な日本の現状も知る。
日本の文化は良いところもあるが真似をしたくない面もあると理解している。

家族の絆をとても大切にする今のベトナムの生活文化は無くさないで欲しいと、無くした日本人の一人は痛切に思う。

最近、宿の学生が日本に留学する件で、色々と日本に住む日本人や関係者と交流するなかで、貧しくとも精神豊に生活しているベトナム人の誇りは素晴らしいと感じた。
高い情報機器を買うお金とそれを持っている事ぐらいしか自慢出来ない日本人の一部を見て、それが、無かったら何が残るのか?
何かさみしい気持ちを感じた。


気がついたら、周りを見ると、20人前後はいる客の全員が若者だ、年寄りの私はそろそろ退散しよう。

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