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2011年6月23日木曜日

東北大震災直後から三ヶ月かかって届いた、ベトナム人から日本人への見舞いの手紙

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東北大震災からもう3ヶ月が経過した。今ごろ、その大震災のお見舞いの手紙を貰った。いや、正確には、大震災直後に出された手紙だが、途中で止まっていたのである。
実は、大震災直後に私は大学の授業で少し話をした。それをある学生が家族に話したのだろう。その学生の兄が、ホーチミン市のある大学の先生をしている方で日本語が堪能だ。手紙の文面からすると大震災直後に書かれたものと推測できるが、書かれた手紙は我が大学の事務所に届けられたようだが、何故かそこで止まっていたようだ。
今日、私が用事で大学の事務所に行ったら、事務員がその手紙を私に渡してくれた。開封されていたが、日本語とベトナム語の二通の同じ内容だった。
日本語学科のベトナム人責任者の先生の所に止まっていたものと推測するが、私宛の私信を開封したこと、仮に開封しても文面からしても私に早く連絡するなり届けるのが常識だと思うのだが…。出した相手の方にまず失礼だし、私にももちろん失礼だ。
これがベトナム人の常識だとは思いたくないが、不信感が拭えないな。(帰宅して、学生たちにこの件を話すと「ベトナム人の常識ではありません」と反論するのだが)
ともかくも、頂いた手紙の内容は日本人として心に響くものだし、日本語の正確さにも驚いた。文面からは私個人ではなくて、日本人に対しての見舞いの内容なので、このブログ上で掲載します。
ーーーー手紙文ーーーー
拝啓
(前略)この数日は先生の一生の一番辛い時期でしょう。自分の民族に突然大惨事が起きた様子を見ている方の苦痛、自分の同胞を直接助けられない、故郷から遠くは慣れて暮らす方の苦痛であります。
下記の文は先生の心の損失を補うことは決してないでしょう。誰も、どんな素晴らしい言葉も、どんな激励もできません。
高校時代から私は日本の人々と文化を調べるのに夢中になっています。十七歳の時、田舎のブンタウで「日本文化コンテスト」に参加しました。私と友だちは日本国総領事館からプレゼントを頂きました。この中に素敵なカラーペンシルと紙人形がありました。それからもう十年が経ちましたが、このカラーペンシルは私の机の引き出しの中にまだあります。これは立派な民族としての生徒時代の記憶を表すきれいな記念です。
やはり、先生の民族の、災害での冷静さと素質に敬服すると言わない訳にはいきません。私とテレビの数百万人の視聴者は日本人の皆さんがきちんと一列に並んで秩序正しく食べ物と水を受けるのを見ています。押し退けないし、叫ばないし、強盗も無し…ご両親と妹さんが亡くなった、ある9歳の男の子が、寒い中できちんと一列に並んで、警察から貰った食べ物を他人に譲りました。私は、それを知ってすすり泣きました。又、流行の服を着ている裕福そうな女子学生が、救助団から頂いて帰って、避難所のお年寄り達に配達しました。それに、あるベトナム人留学生は批難している時、見も知らぬ日本人女性に店のパンを譲って頂きました。
先生の民族はとても冷静で不屈であり、偉大で、謙虚であります。
このささやかな心をこめて、先生と先生の民族が意思の力で今回の災害を克服し、前に向かって進み続けるのを祈っています。
この手紙に紙鶴を添付します。実は私は、子どもの頃から折紙に興味がありました。そして、日本の文化で、鶴は幸福、夢の象徴と知られています。
この紙鶴を通して、先生のご家族と日本の皆さんにどうぞよろしくお伝え下さい。
敬具


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