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2011年7月8日金曜日

新聞がおもしろくない/今のままでは新聞社は要らない。

[新聞] ブログ村キーワード
 前から新聞の記事が面白くないと感じていたが、暇に任せてその理由を考えてみた。
  例えば、玄海町長が原発再開の了解をして、それをまた撤回した件で思う。
これ程の事故が起きているのに何故玄海町長は再開の了解を急いだのか?その背景や理由に突っ込んだ記事は見当たらない。ただ、町長が了解したというだけの一面的な記事ばかりだ。
住民からも反対の意見が多かったと思うがその詳しい取材報道も無い。
   そして、一日にして了解の撤回をしたのに、撤回をしたというだけの記事だけ。何故撤回したのかは、町長の言い分だけを報道するだけ。
  このように新聞は当局の一方的な発表や言い分をただそのまま報道するだけである。これでは只の政府や役所の広報版だ。そこに、記者独自の取材による分析や説明は無いのである。これでは、何の為に高い給料を貰う記者がいるのか分からない。ただ役所の流す情報をそのまま載せる広報なら記者も新聞社も要らない。それこそ、情報を流したい者がネット情報版なりに情報を送ればいいだけのことだ。そして見たい者が見ればいい。新聞社は要らない。
原発事故で明らかになったように、マスコミ各社は電力会社の広告宣伝費が大きな収入源だ。そのスポンサーのご機嫌を伺って報道内容が左右するようなマスコミは要らない。
今まで、日本の多くの国民はマスコミは真実を報道しているものと錯覚、誤解いや騙されてきている。テレビで報道することは真実などと勘違いしている国民はまだ多いのだろう。とんでもないことだ。
  一方で、海外のニュースは日本の報道姿勢とは違うのである。日本のような只役所の言い分をそのまま載せるようなことは少ない様に思う。そこには記者の意見や考えが載せてあるし、独自取材の内容があるのである。だから読んでいても面白い。
何故、日本の新聞社やテレビ局などは広告宣伝費のスポンサーに気兼ねするのだろう。何故、宣伝は宣伝、報道は報道と一線を引けないのだろう。日本のように広告宣伝費に左右されるような報道ならばテレビ局も新聞社も要らないと私は思う。


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